煙草を吸う
トレンチコートのポケットに入っていたシガレットは、見慣れない銘柄だ。かつての先住民が描かれたパッケージを見て、不思議な縁だ、と思う。スピリット、精神、魂。旧時代の煮凝りのような概念である。
施設の屋上に上がれば、空は重い曇り空だった。空よりも白い床を踏み、僕はもう片方のポケットから銀色のオイルライターを取り出す。
火は、思ったより簡単に点いた。揺らめく赤をシガレットの先に潜らせれば、細くたなびく煙が上っていく。あとは意を決し、肺に入れるだけだ。
「……思ったより、不味いな」
むせ返りながら、僕はシガレットの火を消した。彼は、旧時代の人々は、こんなものを好んでいたのか。
試してみないことには否定しようがない。別に旧時代の価値観を理解しようとしたわけじゃない。心の内で数度繰り返し、僕はシガレットの入った容器をゴミ箱に捨てた。
「やっぱり、あの人はバカだったんだな……」
点いたままの炎を掲げるようにライターを持ち、僕はそれを何度か揺らした。中のオイルが無くなれば、彼の足跡は消えていくだろう。誰にも継がれず、ひっそりと消えた彼の自我の痕跡を手に、僕は大きく溜め息を吐いた。変わらず明日へ進んでいくためには、捨てなければいけない物なのだ。
ぽつり、と落ちた雨の水滴で、炎は揺れる。僕は空を見上げ、これからの行く末をただ委ねた。
ハードボイルド・リビングデッド 狐 @fox_0829
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