バレンタインには甘いチョコレートを。③【完】
結局ご飯食べ終わってのんびりとお茶をすすったりテレビ見てたりしていると、あとちょっとで日付が変わる時間になっていた。
男だからか、特に帰宅を促される連絡はないけれど、さすがに日をまたぐのは良くないだろう。
重ねておばさんにお礼を言って退散しようとすると、
「ちょっと待って。送っていくわ」
「いや、夜遅いし平気だって。さすがに危ない」
気遣いができるのはいい所だが、彼女も女性だ。俺も男である以上、そこは譲れない。
だが、
「いや、それならそこの公園まで。それならいいでしょ?」
どういう訳か引き下がらない。
「それでもだめだ。何かあったら大変だろう」
「お願い! 先っちょ、先っちょだけでいいから!!」
「やめろ! それは女性が発していいもんじゃねぇから!!」
どこで覚えたそのセリフ。教えた相手に然るべき処置を講ずることを検討しなくてはならないが、それはこの際置いておこう。
「とにかく、なにか用事なら明日でもいいだろう。夜道で何があるかわからないんだから、ここは大人しくしておいてくれ」
「いや! 今日じゃなきゃ意味ないんだから」
これはどうしたものか。頑固なのは昔からだからこの様子だと頑として自分の意見を曲げないのは分かっているし、かと言って連れていく訳にもいかない。
「……わかった。その代わり、公園までだからな」
仕方ないので、こちらが折れることにした。このままこのやり取りを続けていたら本当に日にちが変わってしまう。
近所の公園までは歩いて1~2分ほどだし、住宅地だから非常事態の際には助けを求めればどうにかなるだろう。念のためにスタンガンでも持たせておくか。
先に外で待ってるよう促されたのでおばさんに再度別れを告げて家を出る。
「あら、とうとう………?」
「お、お母さんには関係ないでしょ…」
なんてやり取りが聞こえてきたが、俺には関係ないことだろう。
待つことすぐ、何かを携えて出てきた幼馴染。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
しょーもない、って顔をして鼻を鳴らす彼女。いかにもなやり取りを鼻で笑われたのは少し悲しかったが、俺は間違っていないはずだよな?
そんな俺を置いて先に歩を進める彼女、そして慌てて追いかける俺。
これと言って交わす言葉もなく並んで歩く時間は、辺りの静けさも相まってまるで世界に俺と彼女の二人しか存在していないかのような感覚に陥った。
彼女は何か俺に話す事があったのではないのか、それを切り出そうとしているうちに公園に到着してしまった。
えらく永く感じられたのは会話がなかっただけではないように思えた。
「ほら、公園着いたぞ。見送りありがとな」
何はともあれ目的地には着いた。これ以上引き延ばすと身の危険性も高まるし、心を鬼にして帰宅を促すとしよう。
「………ちょっと、付き合いなさいよ」
そう言って指さした先は、公園内のベンチ。
「あのな、今何時だと思って…」
道中喋っていた訳じゃないのにこうも頑固だと少し腹が立ったが、
「……………」
目線の鋭さから読み取れる、長い付き合いの中で初めて見る真剣な表情に気圧されて口をつぐんでしまった。
「……ホントに、少しだけだからな」
肌寒い夜半過ぎだというのに、身体の芯からゆっくりと煮立っていくような暑さに耐え切れず、やかんみたいに内部の熱を吐き出すと、ベンチに移動して並んで座った。
「…………」
「…………」
永い沈黙が二人を包む。彼女は何かを言い出そうとしているみたいだが、踏ん切りがつかない様子。
大事な用事なので内容を急かすのは失礼だが、
「……もう少しで、お別れだな」
彼女はすぐには返事せず、しばらく俯いたままだった。
耐え切れずに口火を切ったことを少しだけ後悔したけど、そのままの体勢で隣同士だから聞こえたような儚い声量で、
「……そうね」
「向こうでも元気でやれよ。辛くなったら、いつでも帰ってこい」
「……うん」
「あー、その……そういや、チョコレートありがとな。味はアレだったけど、毎年もらえるのはありがたかった」
「……それなんだけど、さ」
ようやく彼女が顔をあげてくれて、その表情を見て思わずハッとなった。
幼馴染は、その両目からたくさんの涙を流して泣いていた。
「お、おい、大丈夫かよ。具合でも悪いのか?」
慌てて立ち上がって彼女の前に行き、手で涙を拭ってやった。せめてタオルでも持っていればよかったけれど、持ち合わせているのはスマホのみ。
こういう時、文明の利器は頼りにならないものだ。
彼女は泣きじゃくりながら、言葉を紡ぐ。
「ごめん、ごめんね……。ほんとうは、ね……。もっと、じょうずにっ……つくれるのに……ぐすっ。でも、あやまれるのも……これでっさいごだから……」
「いいって、気にするなって。俺は気にしてないから。ほら、泣くなって」
「わたしがきにするのっ!!」
一向に泣き止む気配のない彼女の姿を見ていて突如浮かんだ昔の記憶が、おろおろするしかない俺の頭に喝を入れた。
そう言えばこんなこと、前にあった気が……。
◆
『こんなにがいチョコレートをわたしちゃったら、きらわれちゃうよ』
『だから、すきな人にあまいチョコレートがわたせるまで、ぼくがれんしゅうだいになる』
『ちゃんとれんしゅうして、すきな人においしいチョコレートをわたせるようになってね』
『それまで、にがいチョコレートでがまんしてあげるからね』
◆
もし美味しいチョコを渡せるようになったなら、この関係性が終わりになってしまう。
かと言って、自分から好きだという度胸はないひねくれた感情のせいで、毎年にっがーいチョコレートをもらい続けてる羽目になっているとは気づくことなく、俺は苦いチョコレートを無理やり嚥下していた。
だけど、それらを思い返しては「あぁ、そんなこともあったね」と笑っていたい。このまま苦い思い出にしてしまう前に、伝えなければ。
ビターなのはチョコレートだけで十分だ。
「なぁ、聞いてくれ。大事な話」
こういう言葉は男が伝えるべきだ。目の前で泣いている子の涙を止められるかは分からないけれど、
「俺は、あいつにも言われたんだが、鈍感な男らしい。間違っていないと思うけど、俺にもこの関係は居心地がよくて、壊したくなかったってのが一番の理由なんだ。鈍感というより、臆病な男だ」
彼女はまだ目から涙を流していたけれど、俺の目を、しっかりと見ていてくれていた。
「でもまさか、俺が小さい頃に言った言葉がお前を縛り付けているとは思わなかった。すまん」
「……それで?」
「俺は自他共に認める甘党だ。この時期に俺だけあんな苦いチョコレートはもう勘弁だ。だから……」
「……うん」
「俺と付き合ってください。そしてできるなら、来年こそは甘いチョコレートがほしいです」
彼女の両目から、もう涙は溢れていなかった。
告白の返事を待っていると、彼女は呆れたようにはーっとため息を吐き出してから一言。
「なんか、ロマンチックな告白のセリフ期待してたのに。割とがっかり」
さっきまで泣いていたとは思えない冷ややかな目線が刺さってつらい。
「お、俺もまさかこんなダサい告白になるとは思わんかった……」
やり直しは要求してもいいのかわからないけど、かと言って気障なセリフは思いつかないし……。
「まったく、これじゃ先が思いやられるかも」
そう言って彼女は乱暴に紙袋を突き付けてきた。
「あー、これは……?」
「…………告白の、返事」
照れからかそっぽを向いている彼女から受け取って中身を確認すると、さらに中から丁寧にラッピングされた包みが出てきた。なるほど、これはもしかして……。
貰ったあいてからほらほらと勧められるがままにラッピングされた包みの封を開けて、ふぅっと息を吐ききって気合いを入れる。
お互い長い付き合いなので味なんて容易に想像できてしまうけど、それでも貰ったこの場で食べるのがお互いの毎年の作法。
「今回こそはっ!」
一口サイズに丸まった茶色の固まりは、口の中に放った途端に口内でふんわりとやさしく、やわらかく溶けていってくれた。ほろ苦いビターなココア風味と、後から押し寄せる濃厚でまろやかな甘さのチョコレート。
「…………甘い」
まるで飢餓に苦しんだ人間に食料を与えたかのように一心不乱にぽんぽんと口に放り込んでは歓喜していると、その一部始終をみていた彼女が、微笑みながら俺の気持ちを代弁してくれた。
「このチョコレート、最高に甘いでしょ?」
今年こそ、ようやく俺は最高のチョコレートを口にすることが出来たのだった。
fine
バレンタインには甘いチョコレートを。 奈良みそ煮 @naramisoni
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