第85話 Letter_2(I'LL COME BACK FOR YOU)
「……
「いいね、それ」
「
「うん。わたし、榛名学院に行きたい」
言葉を解き放つと空気が一段と清々しくなった。
世界の透度が上がる。
「……聞いた? 洸一くん」
「うん。二人とも絶対来てよ。いや、アニキも入れて三人」
「いいけど、昨日スケートの滑り方忘れてるかもって言ってたよ?」
「そういえば
今朝の閉講式。可憐は二位、洸一くんは三位でジュニア合宿への参加権を得た。
わたしと寒河江くんはそれぞれ四位で惜しくも逃した。
俺らの課題はスタミナだが、と勝手に仲間扱いしてきたのがウザいけど、後半演技がボロボロだったわたしにその言葉は刺さった。
うんと私は背伸びした。
「あー、お腹空いた! 高崎着いたら焼きまんじゅう食べよ!」
「えー、普通にスタバ行こうよ」
「俺、ラーメン食べたいな……」
――黄色い線の内側にお下がりください。
唐突にアナウンスが流れ、辺りを見回す。ホームにはわたしたちしかいなかった。
真夏の青空に不似合いな冷たい風が吹き、なびく髪を耳元で押さえた。
この時、あなたがまだそのへんにいて綱渡りでもしているのかもしれないと思ったことを、わたしは今でもよく覚えている。
同時にそれはもうイメージにすぎないということも、わたしは知っていた。
本当のあなたは外部から到来する。
世界の接線。エッジの向こう。
あの夏、わたしたちは本当に出会った。
だから決めた。
変わりながら、変わらないものが残した空洞を、他の何でも決して埋めないことを。
虚構に裸形の魂を吹き込んだスケートで、わたしは生き抜く。
あれだけ身構えていた初潮が来るのはものすごく遅くて、中三の秋。
わたしの身体がすっかり変わり終えた頃、第二次性徴の仕上げですみたいな顔をしてやっと来た。
ママとそろそろ病院に行こうかと真剣に話していたから、心底ホッとした。
昔は入れ替わりができたって言っても、誰も信じてくれない。
あれは本当にあったのか、なかったのか。
わたしたちにも実はもうよく分からない。
ただ今は全てが懐かしいねって、会えば時々話したりしてる。
あれきりわたしは一度もトリプルアクセルを飛べていないけど、あれが最後のトリプルアクセルだとは今でも思っていない。
わたしはあきらめの悪いフィギュアスケーター。
あなたは未来を丸ごとわたしに賭けた。
だからわたしたちはまた会える。
その時はもうどこかで会ったことある? なんて言わせない。
その場所は必ず氷上。
もうこの22cmの靴は履けないけど、携えて行く。
必ず行く。
だから待ってて、刀麻。
(第六章 終)
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