第77話 nothing, nowhere.

 食堂へ行くと、もうかなりの人数が集まっていた。

 人の集まりを見るだけで憂鬱が加速する。

 この中で靴が壊れているのはわたしだけだと思うとみじめでたまらなかった。

 洸一こういちくんと寒河江さがえくんが既に来ていて、涼子りょうこちゃんと何やら深刻な顔つきで喋っていた。妙にそわそわしていた。


「なあ。ブレード折れたのマジ? わやだが」

「ちょっと」

 青ざめて寒河江くんのジャージを引っ張る、可憐かれんの挙動で二人の間に何があったのかを理解した。

 わたしは無言で可憐を睨んだ。


「さっきラインで聞いただけだが。まだ誰にも言っとらんで大丈夫」

 どこが大丈夫?

 洸一くんと涼子ちゃん。まだ何が起きたのか分からないという顔をしているけど。


「……口が軽い男って最悪」

「何? 聞こえん」

「あんたがわたしの靴のこと喋ったから、みんなソワソワしてんの?」

「や、それは違うよ」

 ムッとした寒河江くんを制するように、洸一くんが口をはさんだ。


「ごめん、君の靴の話も衝撃的なんだけど……アイツ、昨日の夜、突然荷物まとめて出てったんだよ」


 アイツ、と言う洸一くんの目が一瞬苦しそうに歪んだ。

 リンクを出て行く時、透けるように影の薄くなった背中がフラッシュバックした。


「は? 何で?」

「分からない。何も言わなかったから」

「最後までけたくそ悪いヤツだったで」


 わたしは寒河江くんの足を蹴り飛ばしたいと思った。

 しかし足は動かず、ざわめきだけが膨張していた。

 トーマがいなくなった。

 ブラックホールが生まれたかのように、胸が内側から食い破られていく。


 ハイ、静かに、席に着いて、とここに来ている中で一番偉い先生が現れ、半ば放心状態のまま近くのテーブルに座った。


「おはようございます。朝食前に連絡事項が幾つかあります」


 発表会前の練習について、アップの場所など。マスコミのカメラが数台入るということ。男女それぞれ上位三名は来月のジュニア強化合宿に推薦されること。その発表は閉講式に行われるなど。

 そして最後に、


「青グループの芝浦しばうら刀麻とうまくんは、昨夜おうちの事情で急遽帰りました。発表会の順番も繰り上がりますので、もう一度自分の出番を確認し、時間にはくれぐれも注意してください」


 極めて事務的な口調で付け加えた。

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