第76話 Broken

 翌朝、スケート靴が壊れていた。

 右足のブレードに雷が落ちたように、直線の亀裂が入っていた。


「嘘でしょ、真っ二つじゃん」

 唖然としながら可憐は言った。

 ブレードが折れたり割れたりというトラブルは耳にする。

 だが、実際に身に降りかかるのは初めてだった。

 わたしは割れたブレードを何度もぐっ、ぐっと押して確かめた。

 斜めの亀裂を境に、前と後ろでブレードはぐらぐら揺れた。表面的ではなく、完全に割れているのは明らかだった。


「……テープで補強したら何とかならないかな。それかボンドとか……」

 ペンケースに伸ばした手を可憐に強く掴まれた。

「落ち着いてよ! そんなのダメに決まってるでしょ!」

「だってあきらめたくない!」

 わたしは振り払った手をベッドに叩き付けた。ぼふ、と力の無い音がして埃が舞う。シーツの上で寄り添うように重ねていた靴が揺れ、崩れた。


 洵の靴を壊してしまった。

 あと少しだったのに。

 ようやく掴み取れそうだったのに。

 足元に宿る光を見つけたのに。

 このまま帰れない。洵には会えない。


 涙が零れ、シーツに丸い染みが次々と落ちた。

 可憐はすっくと立ちあがり、机の上の発表会のプログラムを手に取った。


「出番、間に何人かいたよね? 私の靴使っていいよ」

「ありがと……でも、だめ。サイズが違う」

「……そうだよね、1センチ違うのは流石にまずいね。とにかく、まず美優先生に報告しよう」

「待って。先生に言うのはちょっと待ってほしい」

「じゃあ、どうするつもり?」


 誰かの靴を借りようと思っていた。

 でも、誰の?

 他に貸してくれる人なんかいるだろうか。

 大事な靴。スケーターの分身。身代わりを。

 そもそもライバルは一人でも少ない方がいいに決まってるのだ。

 こんなことを誰かに打ち明けたら、すぐに先生達に報告されてしまう。厳しい連盟の先生は、即座に棄権扱いするだろう。

 どうしても滑らなきゃいけない。終わらせないために。

 ……今日は、そういう日のはずだった。

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