第56話 Passenger

 ぐいーん、と低音が静かに鳴り響いている。

 上昇するエレベーターの中。

 光る5のボタンをぼーっと見ていると、


「すっごい、面白いの見ちゃった」 

 いきなり隣で声が発生し、わたしは肩が震えた。

 トーマがいた。


「は? え、何でいるの?」

「ずっといたよ。でも、なんか声掛けづらくて……」

 笑う頬に血色は浮かばず、全体的に青白い。

 幽霊みたいだと思った。


「ねえ、ジュンって誰?」

「あんたには関係ない」

「いいな~、美人な先生」

「あの人あんたに教えられること特に無いと思う」

「そんなことないよ。ぼく、先生いないんだ」

「え、じゃあ誰とここ来たの?」

「父さん」

「ああ、パパに教えてもらってる系」

 よくいる二世。

 洸一こういちくんは、お母さんだっけ? お父さん?

 ……忘れた。

「ちがう。父さんフィギュアできないし」

「……いつもは誰に教えてもらってるの?」

「母親。でも、あんなの先生って言わない」

 ぴろん、と到着音が鳴って、5階。

 扉が開く。


「おやすみ、シオン」

 

 背中越しに言われ、振り返った。

 おやすみ、と返す前に扉が閉まる。


 トーマは上へと昇って行った。

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