第53話 The obsession will never end.

「ちょっと、ここええ?」

「何〜? 男子は向こうでしょ」

「いや、決まっとらんし」

 寒河江さがえくんはスマートな仕草でお盆を置き、可憐の隣に腰を下ろした。

 こういうの、いかにもフィギュア男子だなと思う。女子の集まりにも平気で入ってくる。洵が不得手な振舞い。


「食事中に席移動するの行儀悪いよ」

「行儀悪いのはアイツや。あんなん隣おったら食欲失せるわ」


 寒河江くんが忌々しそうに顎で指したのは、窓際に一人ぽつんと座っているトーマだった。

 トーマは夏野菜のグラタンから夏野菜を取り除くことに夢中で、視線には気付かない。

 お皿の上には、ホワイトソースまみれの茄子やパプリカがよけられちょっとした山を築いていた。

 箸で突き刺し、舐め回すように検分した後、マカロニだけを口に運ぶ。

 食べている最中もトーマの身体は小刻みに揺れている。

 貧乏ゆすり。カタカタと神経質に、絶え間なく両足で床を踏み続けている。


「……うわぁ」

 完全に引いた声が可憐から漏れた。

 フィギュアスケーターという富裕層の子女集団において、トーマの行儀の悪さは異様だった。

 まるで野生の動物が紛れ込んできたみたいに。

 ぎょろつく眼光が、その印象を際立たせていた。


「まあ、この子も結構ひどいけどね」

「うわ! こんなぐっちゃぐちゃにして。これ何?」

 ……肉だよ。

 もうこれ以上ここにいたくない。


 ガタンと立ち上がった瞬間、トーマがこちらを見た。

 目が合う。

 遠くからでも、トーマの瞳は薄墨を重ねたように複雑な暗さをしているのが分かる。


 ず、ず、と地を這うような音が聞こえる。いつの間にかわたしの足元には黒い触手が忍び寄っていた。

 シダ植物が隊列を組むように連なり、根茎こんけいを伸ばす。

 トーマはカタカタと身体を揺らしながら、マカロニをけだるげに咀嚼そしゃくしていた。

 その下半身にはいつの間にか黒いモヤが集まっている。

 胞子はねばねばした糸を吐き、増殖を続ける。

 一際太い親玉が沼から顔を出すように、トーマの足元で鎌首をもたげた。

 あぶない。

 ひゅっと自分の気道を空気が通る音が聞こえる。

 黒い頭が足首にみ付こうと牙をいた瞬間、トーマは口元に歪んだ笑みを浮かべた。

 そしてスッとかかとを上げたかと思うと、躊躇ちゅうちょなくそれを踏み潰した。

 断頭台のごとく振り下ろされるエッジが一瞬見えた。

 銀色の残光。

 ぐぇ、と潰れた声が響く。

 蔓延はびこっていたモヤは霧散した。


 皆、変わらず談笑と食事を続けている。

 隣のテーブルを見ると、シオリのいた場所には黒いシミが飛び散っていた。


 トーマを振り返る。

 変な箸の持ち方でマカロニをつまむ。唇にホワイトソースを付けたまま。

 足首はある。スケート靴は履いていない。

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