第42話 フィギュアスケーターの定義

 その日のうちに強化合宿の辞退を申し出たが、にべもなく断られた。

 ――あなたには義務と使命がある。

 それが美優先生の言い分であることは変わらないようだった。

 持って生まれたもの。

 ……こんなにもあっさりと、全てこの手から消えてしまったというのに。


 涙は出なかった。ただ呆然としていた。

 後ろのロッカーを開け、背を向けたまま、大げさだよ、と可憐は言った。


「一回転んだくらい何だっていうの。そんなことであきらめる人、世界中探したっていないよ。転ぼうが倒れようが立ち上がるしかないでしょ。私達フィギュアスケーターなんだから」


 わたしは虚ろな意識のまま口を開いた。


「……でも可憐、わたし今まで転んだことはなかったんだよ」


 可憐は訝しげな目線を寄越す。


「何言ってんの? そんなわけないでしょ。落ち着きなよ」


 頬の内側を強く噛んだ。

 だって、わたしは飛べなかったことを思い出せない。

 光さえ見えれば何だって飛べた。

 トリプルアクセルだけじゃない、四回転だって……

 わたしが今までやってきたものは一体何だったの?

 わたしはフィギュアスケーターじゃなかった?


 可憐は立派だった。

 身体に異物を入れているなんて露ほども感じさせない、たおやかな滑り。

 けど、トリプルがことごとく不発で、全てダブルになってしまった。

 七級の要項を満たせないまま、可憐のフリー演技は終わった。


 洵は六級に落ち、わたしも可憐も七級に落ちた。

 

 それから合宿までの一ヶ月、わたしは一度もトリプルアクセルを降りられなかった。

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