第34話 00

 小さいバスだった。

 ベロのように差し出された整理券をちぎり取ると、


「二名様ですね」

 スピーカー越しに言われた。

 一瞬少年が乗ってきたのかと思って振り返る。

 誰もいない。扉は閉まっている。

 車内に視線を戻すと、前の席にシオリが座っていた。

 わたしは戦慄した。


「……どうしてあんたが」

 声に出しきれず、口をぱくぱくしていると、シオリはきょろりとビー玉のような瞳を動かした。


「途中で振り返ったでしょう。……よく、あの子が乗せてくれたね」

 諦観を含んだような声で言う。

 あの子。まるで知り合いみたいに。

 

 シオリはちゃんとシオリだった。喪服のワンピース。

 近付く気にはなれず、一番離れた後ろの席に座る。

 隣にシューズバッグを置き、少しだけ胸を撫で下ろした。肩が一気に軽くなり、脱力する。

 ……やっと、身体を離せた。

 いつの間にか、元の重さに戻っている。

 水色のシューズバッグ。相合傘のせいで、少し濡れてしまった。

 水滴をパーカーの袖で拭き取ると、ごり、と骨のような感触がした。

 革ではなく、明確にくるぶしの形だった。


 ――消えた足首。

 わたしが切り取り、水色のエッジガードでわたしのふりをさせた。

 世界ではなく、ずっと死体を運んでいたのだった。


 黒いパフスリーブの肩越しに、シオリがじっとわたしを見ていた。

 全てを透過するガラスの目。

 乗客は二人きり。


 手の中の整理券を見ると、0が二つ並んでいた。


 『おりまげないで下さい』


 細く息を吐き、目蓋を閉じた。

 ……自分が生まれた時のこと。

 何としてでも、思い出さなければいけない。


 窓に額を預け、ひっきりなしに打ち付けては流れていく雨粒の音を聞いていた。

 見えもしない暗闇の外を思った。

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