第21話 卵
「部屋を、分けようと思う」
珍しく家族四人が揃った食卓で、パパが切り出した。
ぽとり、とわたしはつまんだトンカツを落とした。時間をかけて衣を剥がした後だった。
「部屋? 誰の?」
「もちろん、二人のだよ」
パパは洵とわたしを交互に見た。嫌な感じに鼓動が速くなった。
パパの目は大人なのに澄みすぎていて、ちょっと怖い時がある。
わたしは行き場をなくした箸を宙に浮かせていた。
平然と、洵は食べている。
「……でも、うちに部屋無いじゃん」
「おばあちゃんの部屋があるだろう。あそこを片付けるから」
「やだ。ユーレイが出てきそうでこわい」
間髪入れずに撥ねつけると、
「じゃあ、おれがばあちゃんの部屋に移るからいいよ。ばあちゃんの霊なら怖くないし」
淡々と洵が言った。
「は?」
わたしが睨みつけると、
「汐音、そのは? っていうのやめなさい」
パパがぴしゃりと言った。
……洵だって言ってるのに。
ずっとわたしは洵を睨んでいる。
でも、洵はこっちを見ないし、箸も止めない。何でもないことみたいに受け流そうとしている。
鼓動がどんどん速くなる。
「何でそんな急に部屋を分けようとするの? ヘンだよ」
悲鳴になりきらない声が鼻に抜けた。
見かねたママが、ついに口を開いた。
「ずっと、同じ部屋ってことはできないの。いつまでも子供じゃないのよ、汐音」
猛烈に怒りが沸いた。わたしは箸を叩き付けた。
「わたしはまだ子供だもん! 洵だってそうでしょ!」
まるでホールみたいにわたしの声は居間に響いた。
誰も何も言わなかった。
重い沈黙の中、いつの間にか洵は箸を置き、うつむいていた。
長い前髪で目は隠れ、鼻と口しか見えない。
……洵、髪切った方がいいよ。
今、どんな顔してるのか分からない。
斜めから見降ろしていて、突然、わたしは洵の喉のラインが真っ直ぐじゃないことに気付き、血の気が引いた。
まるで何かが産み付けられたように、真ん中が隆起している。
それは卵に似ていた。白い楕円の、蝶の卵。
吸い寄せられるように見つめながら、わたしは立ち尽くしていた。
それが、言葉を遮っているの?
洵、何か言って。心だけでいいから。
回路を閉ざさないで。
わたしを、一人にしないで。
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