第14話 Stupid Decision

「あなたと朝霞あさか先生を、引き離します」

 リンクサイドで星先生と顔を合わせるなり、開口一番、衝撃的なことを言われた。


「……どうしてですか?」

 しばらく絶句して、俺はやっとそれだけ口にした。


「それは後で朝霞先生から直接聞きなさい。今季は岩瀬先生の下でやるように。……意味が分かりますか?」

「分かりません。分かりたくもない」

 俺は食い気味に答える。

 星先生の表情が厳しくなった。


「できるだけ早く、前橋を辞めなさい。朝霞先生が榛名はるなに来て、いよいよあなたにはあちらに留まる理由は無くなったはずです」

「朝霞先生は前橋を辞めたわけじゃないと聞いてます。……どのみち、ここじゃ朝霞先生には見てもらえないんですよね。だったら俺は、前橋でもレッスンを続けます」


「……そういう所ですよ、洵。そろそろ自覚しても良い頃だと思いますが」

 星先生は俺に一際鋭い眼を向けた。


「朝霞先生と組んでいる限り、あなたはそれ以上成長できない」


 耳障りなヒールの音を立てて、星先生は去って行った。


 成長できないだって? 

 何の冗談だ。

 朝霞先生以外の誰がエリザベートを作れたというんだ? 


 苛立ちを消せないまま、乱暴な足取りでリンクに戻る。

 朝霞先生とトーマが談笑しながら滑るのが目に飛び込んできた。

 ……忌々しい。

 だが、耳は精密機械のように言葉を拾う。


「えー、もうできないの? じゃああれは何だったわけ」

「あの時だけあの時だけ。もう全部忘れた。だからイチから教えて、手取り足取り」

「気安いわね。そういうノリ、女の子に嫌われるわよ」


 俺はこの時一体どういう目で、二人を見つめていたんだろうか。


 鏡越しで俺に気付いたトーマは、振り返って挑発的な視線を寄越したかと思うと、ほんの一瞬唇の端を吊り上げて笑い、朝霞先生の細い肩に腕を回した。

 俺は、体中の血が沸騰するかと思った。

 先生が即座にぴしゃりとはね除けなかったら、また殴りかかっていたかもしれない。


 胸がずきずきと痛む。

 傷じゃない。モヤも関係ない。

 そんな風にきらきらと笑わないでくれ。

 光の粒を撒き散らさないでくれ。

 端正な鼻筋にまとっていたあの憂いの影はどこに脱ぎ捨ててしまったんだ?


 ……先生。

 俺を、置いていかないでほしい。

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