第11話 黒影の少年

 

 午後六時、入口に営業終了の札を下げるため私は外に出た。


 平日の今日は、概して空いていた。

 常連のシニアスケーターと、榛名のアイスホッケー部、それに健大のスケートサークルの子たちが来ていたくらいか。

 あとは、私達インストラクターに個人指導を受ける生徒が数人。


 今日ほど空いているとレッスンもやりやすいが、客が少ないのも考え物だなと思う。

 地方のリンクが経営難で閉鎖、というニュースはよく聞く。

 ここだって決して他人事ではないどころか、その筆頭候補のように思われた。


 悲惨なほどの乾燥肌に空っ風を受けながら、右手をかばいつつ会員募集中の幟を片付けた。


 倉庫を出て軽く背伸びをすると、西日が榛名山の稜線を燃やすように赤く染めていた。

 水墨画の龍のような形をした濃紺の雲が口を開けて、今にも覆い被さろうとしている。

 まもなく陽が落ちるな。


 目を細めると、夕闇の中、大通りの方から、ニット帽をかぶった背の高い男の子がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 上から下まで黒ずくめで、遠目で見るとどこまでが体でどこからが影なのか分からなかった。


 彼は近付いて来て一度立ち止まり、ポケットに手を突っ込んだままひょいと見上げて建物の名前を確認した。

 そして扉を開けようと手を掛けて目の前の札に気付き、固まったように動きを止めた。


「ごめんなさい、今日もう一般滑走の時間終わっちゃったの」


 大きなリュック越しの背中に、私は声を掛けた。

 彼は少し驚いたように振り向いて私を見た。


 その時ばちっと合った目がひどく老成して見え、私はこの目を知っている、と思った。

 けれど、それがどこの誰なのか、肝心なことが思い出せない。

 老爺のような印象なのは目だけで、顔立ち、特に肌の感じは若いを通り越して幼いと言ってもよかった。

 それでいて体格は大学生のようにしっかりとしていて、アンバランスな全体像が黒一色でぱきっとまとめられていた。


「スケートクラブの見学に来たんですけど」


 彼はスウェットのポケットからくしゃくしゃになったチラシを出した。

 それは、私が一年前に慣れないパソコンでどうにか作成し、両毛線や上毛線の駅に頭を下げて置いてもらった生徒募集のビラだった。


「ああ! これ見て来てくれたのね。ありがとう。経験者かな?」

「はい」

 頷く彼を見て、私は心の中で快哉を叫んだ。

 チラシの苦労が一年越しに実ったのが嬉しかったし、男子の経験者なんてすごく貴重だ。


「寒いでしょ」

 私は中へ入るよう促した。

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