応援コメント

第2話 氷の声が聞こえない」への応援コメント

  • フィギュアの練習って、怪我が多いと聞きました。
    羽生選手もぶつかりましたものね。それを思いだしてました。

    作者からの返信

    アメたぬきさん

    そうですね、以前羽生結弦選手の流血事件もありました。
    実際試合を見ているとフィギュアの選手の滑走スピードはものすごく速いんですよね。衝突したら大変なことになります……

  •  一秒ごとに形を変え、傷付き、呼吸をする氷。
     俺と同じだ。
     削り取られ、溶け落ちたものを、俺は拾い集める。何周もかけて、じっくりと。
     どんなに小さな欠片も見逃さない。
     だってそれは俺だから。
     だけどちゃんと手に取らないと、それが俺だとは分からない。

     コンパルソリーは、命の点呼だ。
     今日も自分が生き残ったことを確認し、俺は眠りにつく。

    素敵すぎて何度も繰り返し読みました。
    想像で書いてるなんて思えない説得力です。

    作者からの返信

    朔さん

    ありがとうございます!
    この第二章の序盤は洸一の哲学を提示するために、何度も書き直した覚えがあります。
    かなり苦労して書いたので、褒めていただけて本当に嬉しいです。


  • 編集済

    いま、この文章を読んでいて、本当に久しぶりにスケートリンクを思い出しました。
    カーリングをやっていても思い出した事などなかったのに。

    私にとってリンクは冷たくて寒くて爪先と靴ずれがいつも痛くて。
    転倒した時の氷の固さ、氷をガリッと削る嫌な音。
    跳ねる氷の塊。目の前に散る星。
    学校が始まる前にリンクに通った、暗いバスの車内。そこで食べた朝ごはんのおにぎりの味。
    帰宅後に親父がスケートの刃をストーブの前で研いでくれて。
    その後ろ姿。
    私はスピードスケートでしたが、コーナーっていつも怖くて、私は下手でした。そんな事まで本当に久々、全て思い出しました。

    自分の進行方向に太陽が反射していて。
    いつか太陽を抜いてやろうと思って同じ場所ぐるぐるずっと滑ってました。
    もちろん無理なんですけどね。


    言われてみれば氷の持つ残酷さ、気まぐれさ。
    なんであんな危うい事してたんでしょうね。
    私も人の親になり、他の子供達でもフィギュアスケートやアイスホッケー、スピードスケートしている姿は危なっかしくて直視出来ません。

    それでも人が氷上に立つ姿は美しい。

    杏さんの文章、心動かされる事が多いです。




    作者からの返信

    上ノ下皐月さん

    ありがとうございます。
    上ノ下さんのコメント自体が、もはや一つの小説のようです。

    私はスケートの経験がほとんど無いので、めいっぱいの想像と幾ばくかの知識と度胸という名のハッタリで、この小説を書きました。
    なので、こうして公開している今でも、リアリティでは勝負できないと切り捨てた自分を、どこか後ろめたく思っています。
    それでもどうしても氷上を舞台に小説を書きたかったのは、見るだけしかできない側の人間なりに、スケートが好きだからです。
    だから、今回このように上ノ下さんが私の文章によってスケートの記憶を思い出し、こんなにもプライベートな言葉で語って下さったことは、本当に涙が出るほど嬉しかったです。
    自分の紡ぐ物語の背中を、押してもらえたような思いです。
    すみません、あまりに感極まって、少々重い返信をしてしまいました。

    素敵なコメントを、本当にありがとうございます。

  • >しかし同時に、スケートは過剰だ、とも思う。
     スケートは惜しみなく奪う。金も、時間も、体力も、精神も。
     対価に得られるものは、笑えるほど一瞬の煌めき。

    手軽に気軽にできるものではないですからね。懸けるとなれば、相当な覚悟がなければダメなんだろうなと感じます。
    それでも煌めきが一瞬である分、ロマンもありますね。洸一くんにとっては派手なジャンプ以上に、一見地味に見えそうな(?)コンパルソリーで理想どおりの図形を描いているときのほうが輝きの度合いは大きそうです。

    作者からの返信

    サンダルウッドさん

    ありがとうございます!
    仰る通り、ここで描きたかったのは、フィギュアスケートという競技をやる上でスケーターが支払っている対価というものでした。
    素人の私が言うのも何ですが、フィギュアスケートは、見ている分には綺麗だけど、やる方はあまりに多くのものを犠牲にしすぎじゃないかと思うのです。

    洸一はおそらく、一人でコンパルソリーをやっていても満たされるし、自分だけの輝きも得られるはずですが、競技である以上、氷上という土俵の上で「競う」ということからは逃げられません。
    あまりのハイリスクローリターンと分かっていて闘うことを選ぶのは、彼には人一倍プライドがあるからです。
    (第二章は洸一が、人より肥大したプライドに「気付く」物語とも言えるかもしれません)