第8話 高崎駅改札前
改札前で待ち合わせしたはずなのに、とーまはなぜかピアノ時計の真下で天井を見上げていた。
コンコースのど真ん中で、黒ずくめですらっと立っているから、そこだけ空間が切り取られたみたいに目を引く。
「なんか高崎って楽器の飾り多いね。公園にもでかいバイオリンの電話ボックスあった」
グランドピアノを象った時計を指差して、とーまは言う。
コントラバスね、と私は突っ込む。
「音楽のある街ってコンセプトなの。プロのオーケストラもあるし、ライブイベント多くて、ストリートミュージシャンにも寛容」
「委員長の町って感じ」
とーまはニッと笑ってこっちを見る。
私はうつむく。
「……そんなことないよ。もう五年もいるのに、あまり馴染めないもん」
お母さんが思った以上に高崎を気に入ったから、お父さんは二年前から横浜に単身赴任してる。
めでたく転校続きの日々とおさらばできたのに、生き生きしているお母さんを尻目に、相変わらず私には居場所が無い。
……なんて、まただ。落ち込むとつい大げさな言葉を使いたくなるのは、私の悪い癖。
でも、こんな街、どこがいいの。
取って付けたようなコンセプトも、これ見よがしのオブジェも、白々しくて息苦しい。
方々を囲む山とともに、私に迫ってくる。
思わずきり、と下唇を噛んだ。その瞬間、
「じゃあ今日は抜け出そうぜ」
とーまが急に私の手を取ったから、私は心臓が止まるかと思った。
特別なことなんて何一つ無いみたいに。
でも、握る力は振り解けないほど強い。
長い指の感触が氷のように冷たくて、自分の高潮した体温が際立つ。
見上げると、とーまはナイフのように鋭い横顔をしていた。
何も寄せ付けたくないという心の声が聞こえてきそうだった。
寄り添えているのが、とてつもなく尊いことに思えた。
何かホッキョクグマのような絶滅危惧種に心を許されたような。
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