第23話 二つの願い

 この件が解決したら久しぶりに学校に行ってみようかなと思っていたけれど、どうしたら解決になるのかが見えていなかった。お兄さんがいなくなったのは陽一君にとっても奥さんにとってもいい事なのかはわからないけれど、三人でいることで味わう不幸はきっとこの二人以外の人も感じてしまうだろうし、私達にも飛び火しかねないと思ったのだ。

 お姉ちゃんはそれを理解してくれていて、おばあちゃんも概ね同意してくれているけれど、深い部分では私と違う考えだったのかもしれない。

 お兄さんは魂の消滅によって体だけの存在になってしまったわけだが、この体に誰かの魂を入れるわけにもいかず、これからの処理はおばあちゃんに丸ごとお願いするしかなかった。今までも何度かお願いしてきたことはあるのだけれど、そのたびにおばあちゃんの寿命が短くなっているような気がするので、出来る事なら今回限りで頼る事は終わりにしたいと思っていた。


 お兄さんの件が本当に解決したとは言い難いいけれど、次は奥さんにかけられた呪いを解くことが求められる。それはお姉ちゃんの力を利用すれば何とかなりそうだと思うのだけれど、今の状態のお姉ちゃんがこの家からどこまで遠くに行けるのかがわからない以上は病院に行く事も難しそうだった。

 せめて、奥さんにかかっている呪いの種類や対策法がわかればいいのだけれど、なるべく目立たずに行動出来て、知識と経験が豊富な人がいればいいのだけれど、そう簡単には見つかりそうになかった。


 私は陽一君を連れて部屋に戻ろうと思っていたのだけれど、離れの廊下を歩いていると陽一君は不意に立ち止まった。何があったのかと思っていると、見た事も無いような動物がこちらを向いて立っていた。

 その動物は私と目が合うとそのまま天へと駆けあがっていったのだが、立っていた場所は神聖な空気に包まれていた。


「僕が心配で見に来てくれたのかもしれないね。お姉ちゃん達にお母さんの事は助けてもらえると嬉しいんだけどね」


 陽一君の期待に応えられるように全力を尽くしたいと思うのだけれど、私は奥さんに呪いをかけている神様の姿すら想像もできない以上は期待に応えるのは難しそうだ。どうにかして姿だけでも拝見することが出来ればいいのだけれど、その為には神様が見える人の存在が重要になってくる。おばあちゃんには見えるかもしれないけれど、おばあちゃんを人前に出すことは危険だと思うし、高齢のため長時間の移動も体に負担が大きすぎると思う。他に適性がありそうな人は見つからないし、諦めようかとも思っていると、陽一君が私の知りたかった情報を教えてくれた。


「お姉ちゃんたちはお母さんと一緒にいる人の事が知りたいんでしょ?」

「お母さんと一緒にいる人って、陽一君は見えているの?」

「うん、お家に居る時からお母さんの側に知らない人がずっといたからね。何回か挨拶してみたけどお返事はしてくれなかったよ」

「その人ってどんな感じか覚えているかな?」

「うん、一緒に撮った写真があるからそれを見れば思い出せるかも」


 一緒に撮った写真を見れば思い出せるのならば、その写真を見つけて思い出してもらうのが一番早いだろう。ん、その写真に写っているのなら、その写真そのものを手に入れてしまえば思い出してもらう必要もないのではないだろうか。


「その写真ってどこにあるのかな?」

「僕の宝箱にあるよ」

「大事なモノなんだね。お姉さんにも見せてもらえるかな?」

「見せてあげてもいいけど、おばあちゃんには見せちゃだめだよ」

「どうしておばあちゃんにはダメなのかな?」

「だって、あのおばあちゃんは怖いんだもん」


 陽一君の宝箱は背負っている小さなリュックの中から出てきた。誰かから貰ったであろうお菓子の缶の中に色々入っているようだけれど、問題の写真は少しだけ折れてはいたけれど綺麗に写し出されていた。私には陽一君しか見えないのだけれど、陽一君が言うには隣におじさんが立っているらしい。見える霊と見えない霊がいるように、私には神様は見えない存在だと思い知らされた。


「へえ、藤井さんは色んな所に行っているみたいだから外国の神様かと思ったら、日本の神様っぽいんだね」


 いつの間にか一緒に写真を見ていたお姉ちゃんがそう言うと、写っている神様の事を簡単に説明してくれた。おそらく的確に説明してくれているとは思うのだけれど、私にはそれがあっているのか間違っているのか判断がつかない。おばあちゃんにも確認してもらえれば間違いはないと思うのだけれど、陽一君に断られている手前それは出来ない。どうにかしてみることが出来ないかと思っていると、お姉ちゃんが私の中に入ってきた。


「同化するわけじゃないんだけど、私の目を通してみたら見えるかもしれないし、試すだけ試してみましょうね」


 お姉ちゃんが私の目に自分の目を重ねてくれたのだけれど、そうしてみると陽一君の隣に見知らぬ人が立っているのがわかった。

 その姿はどこか寂しげであり、そこまで強力な力を持っているようには見えなかった。見えなかったのだけれど、次の写真を見た時には体が震えていた。


「おばあちゃんは死神の対処法って知ってるかな?」

「私は人より長生きをしているとは思うんだけど、死神に遭った事は幸か不幸かまだないのさ。死神の対処法なんて無いと思うけれど、あるとしたら気付かれる前に離れる事くらいかもね」

「気付かれてしまったらもう終わりってことなのかな?」

「終わりだと思うけれど、説得とか出来ないもんなのかな?」

「無理だと思うけど、話を聞いてもらうことくらいは出来るかもしれないよ」


 私はおばあちゃんの言う事が正しいとわかっているのだけれど、もしかしたら説得することが出来るのではいないかと期待していた。期待はしていたのだけれど、奥さんのところに行ったとしても私は死神の姿を見ることが出来ないと思う。お姉ちゃんの力を借りることが出来ればどうにかなると思うのだけれど、お姉ちゃんが私の中に入っていられる時間がどれくらいあるのかわかればいいにと思っていた。


「私の力が必要みたいだけど、美春は私を中に入れることに抵抗あるよね?」

「そんなことは無いけど、どれくらいの時間大丈夫なのかな?」

「美春の力と体力だったら、長くても一週間くらいだと思うよ」

「そんなに長く入っていても平気なの?」

「平気だとは思うけれど、美春の中に長くいると昇天して成仏してしまいそうになっちゃうんだよね。私の力的には三日くらいまでなら何とか耐えられると思うよ」

「それなんだけどね、陽一君のお母さんについている死神を説得したいんだけど、お姉ちゃんの力を借りてもいいかな?」

「説得するだけで闘わないならいいよ。いくらでも協力するよ」


 お姉ちゃんの力を借りることが出来るなら話は出来ると思うし、どうにかして説得で斬れば陽一君のお母さんも陽一君も助かる事だろう。それにしても、最初に会える神様が死神だという事は少しだけ私らしいなと思ってしまった。

 陽一君も一緒に行きたいと言っていたのだけれど、危険な状態になるかもしれないので連れていくことは出来なかった。おばあちゃんの側にいることに不安を感じているようではあったけれど、なるべく陽一君がおばあちゃんに会うことが無いようにとお願いしていたので大丈夫だろう。


 車を出してもらって病院に着いた時には面会時間はもう終わっていたのだけれど、お姉ちゃんが人に会わないように案内してくれたので病室までは何とかたどり着くことが出来た。

 病室の奥さんは以前と変わらず身動き一つなかったのだけれど、前に来た時とは部屋の空気が変わっているような感じがしていた。

 お姉ちゃんの目を通してみるとこんなに雰囲気が変わってしまうのかと思っていたけれど、一番の大きな理由は枕元に立っている人の存在だった。


「おや、前回の時は私に気付かなかったみたいですが、今は見えるのですね」


 そう言って微笑んでいるのだけれど、死神の目はこちらを見ているようには見えなかった。


「こんな時間に来たという事はこの人ではなく私に用事があるのでしょうけれど、どんな用事でしょうか?」

「単刀直入に申し上げますが、この人を解放していただけないでしょうか?」

「それは出来ませんね。なぜ解放しないといけないのでしょうか?」

「その女性にはお子さんがいるのはご存じでしょうか?」

「もちろん存じ上げていますが、それが解放する理由になるのでしょうか?」

「母親もいない子供が一人で生きていけると思いますか?」

「生きていけないとしたらそれも運命だと思いますが、生きている事が不幸な事だとしたら私がその生を終わらせることも出来ますよ」

「そんな事をしたらダメです。まだ小さい子供なんですから希望を持たせてくださいよ」

「命に大小は無いと思うのですが、では、その子供のために自分の命を差し出すつもりはあるのでしょうか?」

「それは、出来ません」

「出来ないのでしたら大人しくしていてくださるのがよろしいかと思いますよ」


 説得することが出来るのかわからないけれど、今のところ正解の糸口が見つからない。このまま説得が失敗してしまったら奥さんだけではなく陽一君も死んでしまうのだろうか。そんな事は許されるわけがないと思うのだけれど、私の力は神様には効かないようだしどうしたらいいのだろうか。

 こんな時におばあちゃんがいればどうにかなったかもしれないのだけれど、いないものはどうにもできないし、どうにか説得することに全力を尽くさなくては。


 少しだけ窓の外が明るくなっていると思ってみていると、雲に乗ったいかにも神様といったような人が立っていた。その人は窓を通り抜けるてそのまま部屋の中に入ってきて、死神の前で止まると二人で何かを話しているようだった。

 私には理解できない言葉のようだったけれど、お姉ちゃんもその言葉の意味は分からないらしい。どうしたらいいのかと待っていると、外から来た人が満面の笑みで私に語り掛けてきた。


「あなたはこの人の命を奪うのをやめさせたいようなんですが、それをするためには色々と条件があるのですよ。お嬢さんには無理だと思うので、あきらめた方がいいですよ」

「可能性があるのなら諦めたくないのですけど、本当に無理だと思うんですか?」

「ええ、この人はもうダメですし、この人の子供ももう助からないと思いますよ。お嬢さんが余計な事をしなければ子供だけは助かったと思うんですけど、この死神さんはへそ曲がりなんでやるなと言われるとやってしまうんですよね。あ、だからと言って殺せと言われたら喜んでやっちゃうようなんで余計な事は言わない方がいいと思いますよ」

「そんな、私が陽一君の命を終わらせるような事をしたって事なんですか」

「この死神が言うにはそう言う事らしいですね。でもね、私達も死にゆくものではない人と会話をするのはずいぶんと久しぶりなもんでして、少しだけチャンスをあげようと思うのです。そのチャンスはあなたにとって苦しいものになるかもしれませんが、やるだけの価値はあると思いますよ」


 これ以上説得しようとしてもこの二人の神様の意見は変わらないだろう。それなら、少ないチャンスだとしてもそれにかけるのが正解ではないだろうか。私は昔から運はいい方だし、今はお姉ちゃんの力もついているんだから上手くいくはず。


「お願いします。そのチャンスにかけさせてください」

「いいですよ。では、これからあなたが望むことを三つ我々に教えてください。その願いが我々に届けば大丈夫だと思いますよ。いいですか、願い事は三つまでですからね。その三つの願い事次第ではあなたの命も頂くことになると思いますので、心して決めてくださいね」

「それってどんな願い事でもいいんですか?」

「ええ、例えば、お嬢さんの家族を蘇らせるといった事も出来ますよ」

「それって、陽一君にも奥さんにも関係ない事でも良いって事なんですか?」

「どんな願い事でも三つまで聞いてあげますよ。と言いたいところですが、あなたは一人のようで中にもう一人いるみたいですね。では、一人三つなので六つまで良いですよ」


 思わぬところで幸運が舞い込んできたのかもしれない。三つの願い事が六つになるのは大きい。これで二人を助けた後に私の家族も助けてもらうことが出来そうだ。それを叶えてもらったとしてもまだ余裕がありそうだし、他にも何か考えておいた方がいいのかもしれない。


「願い事が無いのならもう諦めて帰る方がいいと思うのだが、お嬢さんはこのまま何もせずに帰るのかな?」

「いいえ、願い事は有ります。お願いします」

「では、我々に聞こえるように願うのだ」


「陽一君と陽一君のお母さんを助けてください」

「願いはそれだけかな?」

「その二つだけで本当に良いのかな?」

「私の家族の事も考えはしたんですけど、ここに来た目的は二人を助ける事なので、それ以外の事は考えてなかったんです。確かに魅力的な話だとは思うんですけど、昔から欲をかいてしまうと良くないことが起ると思うんで、ここは我慢することにしました」

「確かにね、そのような話はよく聞くだろうし、欲深い人は酷い目に遭うのがこの世の常ってもんだからね。その点だとお嬢さんは立派だと思うよ。目の前の欲望に流されないのは立派な事だ。でもね、我々に願い事を言う時点で欲深いともいえるんだよね。ただ、黙ってやり過ごしておけばよかったと思わなければいいね」


 その言葉が引っかかっていたのだけれど、さっきまで目の前にいた死神がいなかったのが気になってしまった。部屋のどこを探してみても死神の姿は見当たらなかった。隠れる場所も無いはずなのに、その姿はどこにも見当たらなかった。


「ああ、今頃気付いたのかい。死神なら陽一って子の命を貰いに行ったよ。戻ってきたら母親の命も貰うってさ。お嬢さんは助かるみたいだから良かったね」

「私の願いは叶えてもらえなかったんですか?」

「何言っているんだい、お嬢さんの願いは“まだ死にたくない”と“お姉ちゃんと一緒に居たい”だろ。言葉にしなくたって神様にはそれくらいお見通しなんだよ」


 そのどちらも思っていた事は確かだと思うけれど、そんなに強く願ってはいなかったと思う。自分の事よりも陽一君たちの無事を強く願っていた事は間違いないと思うのだけど。


「願いの強さなんて関係ないのさ。私が見たいのはそういう上辺のモノじゃなくて本質的なモノなのさ。お嬢さんが本当に願っている事が知りたかっただけなんだけど、それは最初からわかってはいたのさ。ちゃんと叶えてあげるから安心していいよ。人間世界の“まだ”がどれくらいの時間なのかはわからないけれど、お嬢さんが死にたいって思うまでは死ねないようにしておいたからね。自分の運命に絶望しないように懸命に生きる事だね」


 自分の運命に絶望しないとはどんな事なのだろうと思ってしまったけれど、お姉ちゃんと一緒に居られるなら何でも乗り越えられるような気がしていた。


 私のスマホには家からの着信がずっと止まらなかった。

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二つの願い 釧路太郎 @Kushirotaro

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