第22話 愛別離苦

 お姉ちゃんが協力的だったこともあって陽一君が今以上に力を手に入れる事はなくなりそうだけれど、それですべてが終わりだとは思っていない。お兄さんが奥さんにした事は許されることではないと思うし、それなりに罰を与えないといけないとは思うんだけど、それを行うのが私でいいのかは少し悩んでしまう。陽一君はお兄さんがいなくても平気そうだけど、その前に奥さんを元の状態に戻せるかの確認もしておかなくてはいけない。

 お兄さんが死んだ時に奥さんにかけられている呪いが解けるのか、お兄さんが呪いを解かないといけないのかの判断が出来ないので、私はどうにかしてお兄さんに聞いてみたいのだけれど、柏木さんがまだ私の中から出てくれないので困ってしまった。

 柏木さんの魂を無理矢理にでも引き剥がそうと思えば出来るのだけれど、それをやってしまうと柏木さんの魂は無産してどこかへ行ってしまうと思うのだ。そんな事は気にしていてもしょうがないと思うし、柏木さんの魂もお兄さんの魂もちゃんと成仏させてあげることが大事なんじゃないかって思えてきて、私は自分の体に戻る事にした。


 お姉ちゃんが助けてくれていたおかげで苦労する事も無く自分の体に戻ることが出来た。お姉ちゃんはずっと私の事を守っていてくれるみたいで、生前のお姉ちゃんよりも安心感が強かった。

 私はお姉ちゃんにお礼を言おうと思ってお姉ちゃんを探してみたのだけれど、その姿はどこかへ消えていた。微かに声は聞こえているのだけれど、さっきまで居たはずのお姉ちゃんの姿が消えていた。どこかへ行ってしまったのかと思っていると、記録用のカメラのモニターにはお姉ちゃんの姿がうっすらと映し出されていた。

 その姿はお姉ちゃんのようにも見えるのだけれど、お姉ちゃんではない他の何かにも見えていた。カメラが映している方に向かって手を振ってみると、モニターの中に映し出されている人も手を振り返してくれていた。

 モニターから聞こえてくる音も、言葉ではなくうめき声の様な感じで、何を言っているのか理解することは出来ない。だけど、お兄さんにはその声がハッキリと聞こえているのか、モニターの中のお兄さんはその声の主を異常に恐れている様子だった。


 私のスマホに突然メールが届いたのだけれど、中身は空の状態で差出人も宛先も空白のままだった。私のスマホに届いているのにどうして宛先が無いのだろうと思って見ていると、今まで使った事のなかった下書きのところに保存されているメールが増えていた。こうして見ている間にもその数は増えていき、その中の一つを開いてみると、お姉ちゃんが作ったと思われるメールの下書きが残されていた。


 その中身は本当にどうでもいいような事が書かれていたので途中で読むのをやめてしまったのだけれど、最新の下書きを見てみると私宛のメールが残されていた。


『どういうわけだかわからないけれど、メールの下書きにだけ書けるみたいなんだよね。それで、柏木はもうどこかに行っちゃったんだけど、藤井さんに何か聞きたいことがあったら言ってみてね。美春の言葉は私に伝わっているんだけど、私の言葉は美春に伝わらないみたいだよね。お姉ちゃんはいつでも美春の味方だからね。』


 私はそのメールを自分のアドレス宛に送信してみたのだけれど、宛先不明で送信が失敗してしまった。自分のアドレスを間違えることは無いと思うので、何度か送りなおしてみたけれど、そのどれもが送信に失敗してしまっていた。


 私はお兄さんに聞きたいことは一つだけなのだけれど、どうせならお兄さんの本当の願いも聞いておきたいと思って、それも聞いてもらうようにお姉ちゃんにお願いしてみた。


 お姉ちゃんの話では、奥さんの呪いを解くのにお兄さんの力は必要ないらしく、呪いのきっかけになっている神様を説得すればいいらしい。その方法はお兄さんも知らないようで、とにかくその神様と話すことが出来ないといけないようだ。

 私にはそれが無理だとわかっているので、神様と話が出来るような人を探さなくてはいけない。お姉ちゃんはきっと今の状態なら話すことが出来ると思うのだけれど、私とのコミュニケーションをとる事に少しだけ難があるので、それを解消できるアイデアか代わりの人物が必要になってしまう。

 おばあちゃんが協力してくれればどうにかなりそうな気もしているし、他にそれが可能な人材も思い浮かばないのでおばあちゃんを説得することにした。


 私がおばあちゃんと話をする前に、お姉ちゃんが一通り説明をしていてくれたので話はスムーズに進んでいった。

 後はお兄さんを処分する方法なんだけれど、それはおばあちゃんも立会いの下で私が指揮を執ってやる事になった。今までも何度か手を汚してきたことはあるけれど、名前も顔もよくわからない人ばかりだったので、今回のようにある程度一緒に過ごしていた相手は初めてだった。


 お兄さんは抵抗する事も無く私の事を受け止めてくれて、物事は簡単に進んでいった。あまりにも簡単に進み過ぎている事が不安になってしまって、どこかに見落としが無いかどうかの確認をしていたのだけれど、それでも見落としはなく順調そのものだった。

 お兄さんと一緒にいるのもこれが最後だと思っていると、何だか急に悲しくなってしまったのだが、私達の様子をただ黙って見ている陽一君の視線が少し辛かった。


「聞こえているかわからないけれど、お兄さんが何かやり残したことがあったり願い事があるのなら聞いてあげるよ」


 期待はしていなかったけれど、お兄さんからの答えは返ってくる事も無く、私を見つめている瞳もどこか遠くを見ているようだった。

 お兄さんの魂をそのまま抜き取ると、それの処分をお姉ちゃんにお願いした。モニターの中のお姉ちゃんは私が取り出したお兄さんの魂を包みこむと、少しだけ姿がはっきりしたように思えた。


 お姉ちゃんは貰った魂を吸収すると、少しだけ姿がはっきりしているように思えたのだけれど、おばあちゃんの話ではそれは正しくもあり、間違いでもあるようだった。

 魂を吸収することによってお姉ちゃんはこの世界に存在するための力を手に入れられるのだけれど、あまり多くの人の魂を取り込み過ぎてしまうと、お姉ちゃんの人格そのものが失われてしまうかもしれないようだ。

 とりあえず、どれくらいの魂を取り込めるのかわからないのでむやみやたらに渡すのはやめておくことにしよう。


 お姉ちゃんが何か言っているかもしれないと思ってスマホを確認すると、下書きがまた増えていた。


『お兄さんのお願い事なんだけど、家族三人で仲良く暮らしていきたい。だってさ』


 私はお兄さんの願いを叶えることは出来なかったけれど、奥さんのお願いはちゃんと聞いてあげようと心から思っていた。

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