第4話

 彼女からのメッセージは次の土曜に都合が良ければどうか、というような内容だった。まだ水曜日であるのに気の早いひとだと思ったが、これが彼女個人の天性なのか彼女が属している集団の温度なのか判別できなかった。しかしやはり会社員をやっている人たちはこういう風に予定を立てる癖がついていると考えると納得できた。彼女がどのくらい会社員をやっているかは知らない。

 土曜日で問題ないと返信してからバイトに行った。歯を磨いて顔を洗って寝癖を直して服を着替えているうちにバイトに行く気持ちをつくる。本当のことを言えば、もちろん行きたくない。今の同僚、と呼んでいいのかわからないがとにかく同じところで一緒にお客様の相手をしている人たちは誰もがそう思っている。少なくとも口先ではそう言っていた。後輩にあたる男もその一人である。空手だか柔道だかをやっていたらしく、筋肉でできた身体からびっくりするような大声を出すことができる。髪が短いのは経歴に関係のない好みだと言っていた。

 例の同級生から不意にまた呼ばれたと話すと「へえ、連絡あったんすか」と言って、すこし驚いた様子を見せながら「それで、行くんすか」と聞いてきた。

「それは、まあ、行くよ。別に断る理由もないし」

「そのひと、かわいいんすか」

「あー……よくわからんな。そう言われると顔がちゃんと思い出せん。もともと顔を覚えるのは得意じゃないのにそうやって聞かれると特に靄がかかるんだよなあ」

「俺もこないだ駅で無視されかけましたもんね。挨拶してもわかってない顔なのはわかりますよ」

「それは急にってのが大きいんだよ」

「まあよかったです。先輩も人間に興味あったんすね」

「……ありがとう」

彼女に興味があるのかどうかわからなかったが、とにかく彼女について考えてはいるので無関心ではないはずだ。そして、なんにせよ彼は「よかった」と言ってくれている。悪い気はしないし、彼こそ良いひとだと思う。名前がちょっとすぐには出てこないけれど。

 そこからいつものように最近の店長の様子や電気代を考慮した暖房の利かせ方などを話して、いつもどおりにこなして帰宅した。

 帰る途中で彼女からの通知で携帯が震えたから自分も身震いしてしまった。何事かと思ったが要するにお店を選ぶのを任せるから頼むという話だった。私だってそんなにたくさんの店を知っているわけではないが、彼女にとってはまだ新しい街といえば新しい街なのでやむを得ないと観念して承知した。そのことでなんとなく頭が忙しくなったためにお風呂に入るのが億劫で仕方なかった。とつおいつ心当たりを探るうちに夢と現の境が消えてしまって、すなわち眠ってしまった。

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果実酒 きのみ @kinomimi23

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