第15話覚悟

「深雪殿。

 覚悟を決めてもらわなければいけないかもしれません」


 和泉屋喜平次と話し合ってから半年、護衛対象のきよから覚悟を問われた。

 なんと猪四郎が勘定書の採用試験、俗に筆算吟味と呼ばれる御勘定御入人吟味に首席で合格したのだ。

 今は義父が南町奉行所の現役同心なので、支配勘定見習として十人扶持を与えられているが、義父が隠居すれば躑躅間詰め裃役百俵高で勘定所の役人となれる。

 同心ではなく立派な御家人である。


 だが問題もあった。

 義父が不浄役人と言われる町奉行所の同心なのだ。

 どこか武方の同心に移動しなければ正式に採用されないかもしれない。

 だがそんな事をすれば、南町奉行所の同心酒田家に長屋を建てた投資が無駄になってしまう。


 だが裏技があった。

 和泉屋喜平次が、年貢前貸しで融資している、札旦那の旗本御家人に確かめたから、裏技が使える事は確かだった。

 だからこそ、猪四郎は勘定所に見習出仕できているのだ。


 和泉屋喜平次は深雪が断れないように、外堀から埋めていた。

 深雪が気にしていた佐々宗治郎信之が、家を守るために、持参金付きで商家から嫁をもらっていたのが大きかった。

 もっともその話をまとめたのは和泉屋喜平次だったのだが。


 和泉屋喜平次は深雪の父親沢田佐平次忠勝と、弟で跡継ぎの源五郎忠時、酒田祐次郎を料亭に招いて話し合った。

 猪四郎を沢田家の養子として、源五郎を酒田家の養子とする話だった。

 既に同心株を和泉屋喜平次に売っている酒田祐次郎に断る事などできなかった。

 札差として幕閣にまで影響力を持つ和泉屋喜平次に逆らうことなどできない。


 だが沢田家には納得できる話ではなかった。

 御家人株の相場は五百両だ。

 それを相場二百両の同心株と交換などできない。

 同心屋敷に長屋が建っていて、その収入が手に入ってもだ。

 深雪が家付き娘として婿をとるとはいっても、見方によれば娘を商人に売り飛ばした形になり、とても承服できなかった。


 だが、猪四郎本人ともあって、猪四郎が心底深雪を愛しているのは分かった。

 筆算吟味のに合格した事で、働きによれば支配勘定出役となって五人扶持(二十五俵)が与えられる可能性もあった。

 勘定にまで出世できればお目見え以上となり、更に出世できれば代官や材木石奉行、蔵奉行や金奉行、勘定吟味役の属吏にもなれる。

 沢田佐平次も迷う所であった。


「ではこうしましょう。

 御家人株と同心株の交換は不公平すぎます。

 差額をお渡しするようなケチ臭いことは申しません。

 全額五百両をお渡ししましょう。

 望まれるのでしたら、年額一割五分で運用も引き受けましょう。

 深雪様の子供以外に家督は継がさないと誓紙も書きましょう。

 いかがでしょうか」


 これによって深雪の結婚が決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

許嫁に婚約解消を告げた女武芸者は富豪同心の用心棒になる。 克全 @dokatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ