円環を描くドグマ
@Syuria
第1話
こーろしちゃった、ころーしちゃった!
狂おしい喜悦に身を震わせながらスタノーチェスは笑う。
ラ・ラヴォラューラワ?
さてさて凶器の回収をしなくちゃ!
床にどうと倒れるまだ若い20代後半に見える青年は首元をガラス製のナイフで貫かれて即死していた。バルコニーと家とを分けていた窓から作られた透明なガラスナイフの表面には返り血がベッタリとつき、ガラスの白を黒く染めていた。手を伸ばし首の過半まで到達していたナイフを一息に抜く。
ナイフを砂まで分解し、塵にすると彼女はバルコニーに出る。地上18階建ての高層マンションの最上部から飛び立ち、都心の夜空を滑空する。
空からでもネオンが眩く夜を打ち消す光として照らしていた。世界有数の大都市であった都市に今、1人として歩く者はいない。光のみが無人の都市を照らしていた。
かつての栄華を誇った大都市。現在は『生きた街』として呼称されるこの場所は大戦によって放棄され自動化された生活プラントのみが稼働している状態にある。無人の都市は異空化され、地上は目に見えるよりも複雑な場所となり、人外が跋扈する一土地になった。
んー?ネオンの光をぼやーっと眺める彼女の目がなにかを捉えた、と思った途端、「ひゃあ!」
ネオンの一つがキラリと光ったかと思うと飛来してきたのは弾丸。それを皮切りに眼下より無数の弾丸が雨霰と飛んでくる。
象限反証、世界が反転する。彼女の直下数ミリの線を境界に数百の弾幕は威力を保ったまま屈折し彼女の頭上へと抜けていった。
ふふ、そーいうことかぁ。この私を欺くほど自然に空間を弄る相手はあの子だけ。
「『暗夜航路』。さすがね、2号ちゃん?」
夜闇より浮かび上がるのは白色の髪を銀色に光らせる精霊にも似た少女。暗色の戦闘服に身を包み、紫苑の瞳を毅然と輝かせる。
「その名前は捨てました。今の私はメイ。ですが名前などどうでもいい。私は貴女を狩るために存在するのだから。」
言うが早いが長剣が夜闇に閃き、スタノーチェスを襲う。
「またまたそんなこと言っちゃって~、過去に縛られたまま私に執着するのは片割れの悪い癖って、会うたびに言わせないでくれる?」
夜闇を舞い軽やかに斬撃を避けたスタノーチェスは、同形の黒い長剣を作り出すと逃走姿勢から急反転し、反転したとは思えないほどのスピードを伴って接近。黒光りする長剣の刃がメイへとり下ろされる。
ギャーンッッッ!金属のぶつかり合う快音が響く。
停滞は一瞬。双方はまったく同時に動き、交わされた数十の剣戟が重なる。
「おっと、危ない。」長剣の剣先が額を掠め、スタノーチェスは冷や冷やしながら眼下のビルの一つに降り立つ。メイもまた彼女の対面に着地し、再び向かい合う。
正義を湛える青い瞳と狂気を浸す黒の瞳。髪や目の色を除けば鏡写しのように同一の似姿。どれほどの時を共に戦ったか、過ごしたか。スタノーチェスにとってはどうでもよかった。自分と対極に設計された妹を殺す。メイもまた同様に相反する性質を持つ自分を殺そうとしている。そこに妥協も和解もありえない。抗おうとも湧き上がる感情が飲み込む。
あぁ、やっぱり憎いや。どれだけ口で軽く繕っても隠すことを心が許してくれない。
二重螺旋に刻まれた敵愾心は逡巡の迷いも躊躇いも全て消し去り、選択を強要する。思考は一つに収束し、その憎悪が怨嗟の言葉を紡ぐ。
「・・・あんたのねぇその正義感に溢れた目。会うたびに映るその目が私は大っ嫌いだったのよ!!」
スタノーチェスの姿がぶれ、次の瞬間にはメイの眼前に現れる。反射的にメイは剣を掲げ振り下ろされる黒剣に対して防御する、と同時に後ろに飛び退いた。剣が触れる。ただそれだけでズガン!という衝撃がメイに伝わり揺るがす。黒剣はビル屋上面に小規模なクレーターを作り、スタノーチェスが再びブレる。
空間転移はスタノーチェスの十八番のひとつだ。
相手との距離を意に介さず、縦横無尽に出現することが出来るスタノーチェスの空間転移しての斬撃は反応が遅れれば即座に命を刈り取られる。
正面、真横、真後ろ、あるいは斜めから。
「くっ!?」斬撃の1つがメイを捉える。脚を抉る斬撃がメイの動きを鈍らせ、掌打がメイの腹部に打たれる。
「せいっ!」踏みとどまったメイに対して再度正面からの斬撃。今度は防ぎ、そして脇腹へと素早く蹴りを放った。
吹き飛ばされたスタノーチェスはフェンスに激突する。「かっはぁ!?」
「貴女にどう罵られようと貴女の存在は私が生きている限り許さない。」口元から流れた血を手で拭い尚も毅然とした口調でメイは宣言する。
「はっ!なら、貴女を殺してその役目終わらせてあっげっ!る!」
鋭い踏み込みの1歩で接近し、跳躍、体を回転させ、斜めからの一閃がメイを急襲する。
「がっ!?」辛うじて反応するも拮抗は生じない。受け止めると同時に剣線が描く軌道に吹き飛ばされ、隣接するビルの下層の壁面に叩きつけられた。
「うっ!」衝撃に目が眩んだ視界で捉えたのは石片の雲。
吹き飛ばした直後にスタノーチェスは石片を無数に引き集めるとその形を薄くナイフのように尖らせ放った。
ビル壁を蹴って横へ飛びすさったが石片は止まることなく追尾してくる。
地上に着地したメイは剣線を向かってくる石片に合わせ、刺突を放つ。ただの刺突ではなく、空間操作能力が発動し、刺突距離が引き伸ばされ石片の雲を丸ごと穿った。
「お返しです。」
「ッツ!?」
無機質に響く声と共にまるで最初からいたかのように真正面に現れたメイ。
一瞬の間にスタノーチェスを連撃で刻む。
空間転移で背後を取ったスタノーチェスは手に闇を宿し、あられの如く弾丸として連射する。
メイは慌てる風もなく片手をサッと横に振る。すると、どこからともなく弾丸が撃たれ、闇弾を全て撃ち抜いた。
厄っ介!銃器から発射される弾丸を転移させ、発射位置を悟らせないようにしているのだ。
スタノーチェスは毒づき、周囲の空間情報を漁る。広域をサーチングする空間探知に反応したのは多数の動体反応。点として感知したそれらはスタノーチェスを囲むように展開している。
情報を把握した彼女は冷たい笑いを浮かべ、流れを変える一手を取る。
「おっと、手が滑っちゃった。」闇を迸らせ、メイとはあらぬ方向-----感知した点が最も少ないビルの一角へと闇弾が飛ぶ。
「ッツ!?」急ブレーキからの反転、メイは闇弾を両断した。
「おやぁ、メイちゃぁん?そっちは誰もいないわよぉ?誰もぉ。建物まで庇う必要なんてないんじゃあないかなぁ?」
メイは何も答えない。ただ攻撃が苛烈になった。
それを軽くあしらってビルに接近し、そのうちの一室の窓ガラスを叩き割り、内部に隠れている存在を掴み、引きずり出す。
「ぴ・・・ぴぴぃ。」鳥?人?怯えて縮こまっているのは鳥とも人ともつかない姿をした生物。
「ふーん、これ。細工(フォルス)だねぇ。」
細工(フォルス)。メイの能力の1つで作ることが出来る仮想体。少々の自律意識を兼ね備えた限りなく自然に近い生命。しかし、その実は生命のない無機物に仮初の動力を与えて動かすだけ。メイはスタノーチェスと戦う前から、兵器としての頃から人間はともかく、このようなモノに対してでさえ過剰な保護心を持ち、弱点としていた。
「!?その子を、放しなさい!」切迫した口調でメイが叫ぶ。
「それは頼み事かしら?」やっはり変わってない。1号は口角を上げ、生命を天秤に掛ける愉悦を感じながら嗤う。
「どうせ、力ずくです!!」
さっきよりも苛烈に攻め立てるメイの目には焦りが混じっている。
まだこんなのに頼って戦ってるなんて、本当に嗤っちゃうわ。
そうと決まれば…孤独なお人形遊びもお終いにしてあげる。
「さっきの頼み事だけどねぇー。・・・ふふ、いーや!」
軽く上に放り投げ、手刀で両断しその命を奪う。
「っツ!」
「何でそんなに動揺してるの?道具にそんな情を持つからあんたは弱いのよ!」
「ぁああああああああああ!」
あらあらぁ、発狂ですかぁ?防御がお留守ですよぉん?
仮初にしろなんにしろ目の前で殺されたショックからか精確さの欠けた攻撃をスタノーチェスは軽々と捌く。
闇爪展開。左斜めからの切り上げ。「クリーンヒットォ!」深く確かな手応え。
「ハッ!?」血液が飛び散り、メイの体がのけ反る。
さらなる追撃をかける寸前、再び弾丸が出現しスタノーチェスとメイに距離を作る。
「ちぃ!それなら!」
性質改編、雹弾形成。数百の雹弾が無作為に全方にばらまかれ、建物郡を砕き貫く。
スタノーチェスは瞬く間に崩壊するビル郡の影からその間を縫って移動する集団の影を見つけた。
左手に闇を宿し、右手の剣に重ねる。
空間を切り取ってその真上に転移し、闇の奔流が叩きつけられ、鳥たちは依り衣を砕かれた。
次を狙おうと方向を転換した途端、唸りを上げて飛来した何かが剣を手元から弾き、遠くへと持っていく。そして視界に映ったのは、襲いかかる三者の刃。左右とそして正面から囲うように3人のメイが剣を振り下ろす。
飛び退いてかわそうとするが足元の空間が沈み、移動を縛る枷となっていた。
「「「・・・・・・!!!」」」
両手を体の前で交差し全身を鎧のように闇を纏いながら受け、刃の当たる衝撃に逆らわず、地面に叩きつけられる。見上げる視線に分身である2体が消えるのを確認し、同時に纏っていた闇を凝縮すると空間を歪曲させて放つ。
空間を飛び越えてメイの真上に出現した闇弾は収束して彼女がいた場所の周囲を消し飛ばす大爆発となった。
大きな土煙が巻き上がって視界を隠す。晴れた先に見えたのは地面が抉れ、小さなクレーターのようになった様。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハぁ!」
立ち上がってスタノーチェスは笑う。狂ったように。それは冷たく、熱を持ち、争いの高揚を一身に表した切な狂笑。
それは終着はまだ先であることを予感した喜びの現れ。彼女らの戦いは未だ主幕の最中にある。
ズドンッ!一瞬までいた場所を光線が突き抜けた。1つで終わらず幾十もの光がスタノーチェスを狙う。それらを闇で迎撃し、暗夜に色づく変貌を見上げる。
「ふふーん、その姿を見るのは久しぶりね。」
首都の象徴であるタワーの頂点に立つ彼女の姿はまるで星空に降臨した戦姫、優美なドレスを身にまとい、腰からは柔らかな羽衣を思わす細絹が幾十も空気に揺蕩っている。
剣は桃色の燐光を放ち、一辺の夜闇に一点の標のごとく僅かな装飾を与えていた。
セパラティーが潜在的に宿す自己強化型生体干渉現象『妃化』。セパラティーの一種の形態変化である。
一説によれば未だ感知すらしていない未知の空間、【未空間】すらも干渉下に置くことが可能とされる人智を超えた能力。発動のロジックも起源も明確な条件も不明。不思議なことにこの不可思議に満ちた能力を発現したのはセパラティーの雛形であるスタノーチェスではなく、その対となる2番暗夜行路。正義を根幹になすセパラティー。
彼女らの遺伝子には特殊なプロテクトが元からかかっている。故にどんなに高精度な情報分析媒体でも解析は不可能。人力では発露せずセパラティー自身の感覚が肝だった。
常識は易々と、境界などはたやすく越えられる。人の世に満ちる好奇が獣を王へと誘う狡知が、感情が誘う極限の彼方が世界を変える礎となる。
「自らの在り様を詳らかにする存在の写鏡・・・だったかしら?貴女の正義は常に絶対だった。貴女のその姿は自分の正義を体現した姿。だから女神とさえ謳われた。その在り方は強制されたものかしら、それとも自分で選んだのかしら?」
「どちらでも構いません。選ぶべくしてこの生き方を選んだ。今は貴女を世界から排除する。そのためなら私を縛るものだって利用する。正義でもなく私のエゴーーーそれだけ。ただそれだけのためにここにいる。」
メイが手を一振すれば幾百もの星の光を束ねたような光条が彼女の命を奪うべく殺到する。それは空をかける彗星が現れたかのようだった。
「呑み込め。」スタノーチェスは先程と同じく避けない。ただ手を前に出して空間を歪ませる。それは、ブラックホールのように光条を吸い込んで内部で噛み砕いた。
ジリ貧ね。メイの妃化の特徴は遠距離に特化している。彼女の能力は物体に自律意識を与える。それは、何も形あるものばかりでは無い。例えば空間。スタノーチェス程空間操作に秀でていなかった彼女が空間を自在に操れるのは自律意識を与えた空間を並列操作し、空間操作の一部を再現しているに過ぎない。
妃化したメイが現在操るのは光。戦闘性能が大幅に高まり、光条を防いでも、小さな光球がいくつも彼女に襲い来る。それは避けても軌道を変えて追尾してくるので防がざるを得ない。
しかも防いだ瞬間分裂し数本の細い光線となって体を貫く。ああもう!
飛行を続けてはいられず着地し、彼女はすかさず周囲の石礫を炸裂させ、土煙が姿を隠す。
「つぅー!」転移を発動してその場を脱する。
スタノーチェスの気配が消えた。それほど追い詰めたという感覚はない。転移前の追撃も当たった手応えはない。だからこそ不思議だった。戦闘狂、乗り移られた悪魔、ジャック・メリーなど、大戦中に付けられ敵味方問わず恐れられた悪名がいくつもあり、それらは彼女の残虐性と戦闘スタイルから由来する。
200万を単独で文字通り戦場で殺害し尽くし、核兵器など人類の科学兵器も平気で無力化する。
(私たちの再生力は同程度。彼女の方が負った傷は少なく、むしろ攻勢を掛けてくるはず。)
こちらの奥の手に引いた?まさか、だとしても私が隔離した空間を抜けるには私を倒さなくてはならない。あるいは空間を塗り替えるか。有り得るが相当量の力が集合するので例え空間が違えども塗り替える前に攻撃は届く。
静寂はすぐに破られる。無風となった都市で彼女は待つ。
数秒の後、悪魔は女神の前に現れる。
何処かの未空間で蹲る悪魔は呼び声を聞いた。
主に答えるべく彼は、薄絹のような血肉を満たし、ゆっくりと動き出す。
「女神様は悪魔をご所望かしらね。」
何処かの未空間でスタノーチェスは呟いた。まぁ、私が悪魔みたいなものだけど。
そして淡い水色の光がポツポツと漂い始め、それらは彼女の周囲で渦巻き、幾つものスクリーンを形作る。 遺伝端子活性開始。ダイアリーシークエンスを稼働。武装コード認識完了。処刑装アントワネット生成。クォーツオンダイヤモンド!
濃い黒の瀟洒なドレスがその身に纏われ、頭にはユリがあしらわれた赤色のティアラを頂く。そしてその手には両手剣よりも長大で肉厚さを有した刃を備える剣が収まっていた。
何処からか彼女の似姿を象った『何か』が現れ、青い片目で彼女を見つめやがて薄く透過した身をスタノーチェスと同化させる。
「目的のために自分の枷を利用する。貴女は間違っていない。だって私も同じだから。」
強大な力をその身に満たし終えた彼女は貴婦人のように優雅に茨のように危険な微笑みを浮かべ、未空間から消える。
幕は最終局面へ。
思った通りの奇襲。張り詰めていた緊張を空気とともに吐き出し、飛ぶ。
ズッガァァァン!刃のすぎる感覚が撫で、次に轟音とともに彼女の足場となっていたシンボルタワーは両断され、崩壊する。
さらに刺突として繰り出されたのを、冷静に体を傾け回避する。通り過ぎる刃は剣にしてはあまりにもアンバランス、柄を覆って見えなくなるほど大きく剣として成立するのが不思議なほどだ。
その剣の名はアントワネット。スタノーチェスが愛剣とする異形の剣。長大な刃はフランス革命時期多くの人々を処刑したギロチンに取り付けられていた刃。それを柄との空間を捻じ曲げて無理やり接合した。
至近でスタノーチェスと目が合う。こちらを憎む視線は変わらない。右目の色が変わり、憎悪とは別の狂いが浮かんでいる。次いで目に入ったのは装いの変化。
ただそれだけで見当はつく。後に制作された彼女が出来たのだ。彼女にできない道理はない。驚きこそすれ動揺はしない。
幾度目かの交錯の後、異変は起きる。
「かっは!?」背後から刺される感覚が奔った。
何の前触れも無かったその痛みは動きの空白を生む。目の前でアントワネットが振るわれ、純粋な殺傷の痛覚がメイの毅然とした意識を突き抜けた。
飛び込むように前へ。依然として背部を貫く刃から抜け出し、剣を振り抜いた状態のスタノーチェスへと接近し、右手に光を集める。
素早く後退し、剣を盾にして光球の爆発から身を守ったスタノーチェス。そして彼女の傍で寄り添うように剣を構えるスタノーチェス。
「どうかしら?貴女と同じ、って訳じゃないけどこれが私の妃化(プリンセスモード)よ。」
死神の如く艶然と笑う二人のスタノーチェス。分身ではなく、別の存在。それが悪意といった生ぬるいものではなくもっと狡猾な悪辣さを超越したろくでなしだ。
この感覚は……
「悪魔……!?」
「あったり〜!人の心に潜む欲の具現、伝承に伝えられる凶悪な怪物、実証を破綻させる不可視の影。山ほどあるフィクションの中に潜む『本物』。ま、お互い関わったことはあるしここまで言えば何か分かるよね?」
悪魔の召喚、使役。人間ならば儀式で下ろし、多大な生贄を捧げて初めて干渉できる存在。だがセパラティーである彼女らにとっては話が違う。
空間干渉は彼ら悪魔が本来いる次元まで干渉でき、契約どころか力ずくで従わせ、殺傷も可能だ。
「見つけるのに苦労したわ。悪魔の中でも最上級の強さを持つ誕生したばかりの名無しの悪魔。ふふふ、犠牲も多かったけど。」
なるほど。存在するだけでも膨大な数がいる悪魔
ではなくまだ存在も不詳の悪魔を見つけ出した。その過程で接触した悪魔は殺したというわけですか。
「私が言うのもなんですが常人ではやる所業では無いですね。」
「今更ね。あんたが止めるのはそういう私でしょ?」二人のスタノーチェスが一つになる。同時に剣を構え、斬りかかる。
「紛うことなく。」
剣戟の舞踏が始まる。齎した衝撃は2撃分の重さ。2人の存在が一体となっている証明であろうが刃が重なるうち、ふと軽くなる。
右から左へと繰り出された薙ぎはらいを防ぎ反射的に真横へと光線を放つ。
いつの間にか出現していた『A.D』は光線を躱し、続けて放った光球も軽々と避ける。
上を取った悪魔は縦にスタノーチェスは刺突で、メイはそれらを長剣を斜めにすることで完璧に防いでみせ、スタノーチェスへ突進する。3つの斬撃が閃くも当たった箇所はまるで水を抜けるかのような抵抗感があった。
A.Dは正面に転移し、スタノーチェスと居並ぶと連携の取れた連続攻撃によって回避を強いられる。
逆撃を差し込む暇がない!完璧に統制が取れたコンビネーション。黒と黒が表裏一体としてあるかのように形の違う大剣が渦を巻き、傷が増えていく。
ついに悪魔によって剣が弾かれ、スタノーチェス
が狂笑を浮かべ、トドメを刺そうと剣を逆手に持つとまるで断頭台の如き構図が出来上がる。
「その首、貰ったわ。」
終わりよ。憐れみながら死になさい。
「終わってなどいない!」
向かってくる刃へと突進し、目の前に光を集める。空間を歪ませる密度になった光が刃に触れれば軌道は逸れ、スタノーチェスの懐に密着する道となる。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」光は瞬時に形を変え、空を穿つ槍となり、スタノーチェスに触れた。
「ぐぅぅぅぅ!!?」空間防御に干渉し、その身を抉ろうとする槍を彼女は必死に押しとどめている。
参戦しようとした『A.D』を真上に発生した光柱が飲み込み、その体をズタズタに撃つ。
さらに踏み込もうとしたが空間が歪むのを察知し、飛び退けば爆ぜ散った空間からA.Dが出現し、神速の突きが放たれた。
爆ぜた空間を纏ったその一撃を防ぐことは出来ず容易く吹き飛ばされ、追撃をかけようとするA.Dが飛来した輝く槍に真下から貫かれ、空中に縫い止める。
飛来した槍はメイが先程作り出した槍。それを落下する愛剣との空間座標を入れ替え、方向を真上に変えることでA.Dの動きを封じる。
ここだ!斬撃を躱しながら、距離を詰め、光を集約させ、放つ。白金の奔流は空間壁を意に介さず真っ直ぐにスタノーチェスに到達する。
「ぐっァァァ!!!」
今までにない苦悶の叫びを上げ、スタノーチェスは闇で練られた霊兵を作り出し、落下する中途でけしかける。
切り払い、消滅させる間にスタノーチェスは体勢を立て直し、消えたと思えば彼女の正面にミドルキックが迫っていた。
「ぐっ!?」まともに当たる。よろける。互いに手を伸ばせば肩を掴み合う。
「「・・・・・・。」」
体を炙るような痛みが這い、青い瞳が私を呪縛する。肩を掴む手は僅かに闇が宿っており、ジリジリと蝕んでいる感覚が伝わり、逃れなければならないのに体が動かない。気づけば光のヴェールが解け元の姿に戻ってしまっていた。
「これは!?」
「キツネは神をも騙すってね。空間制御も使いようよ、って何回も言ってるじゃない。」
睨み据える瞳に揺らぎの無い憎悪、そこに映る私の瞳もまた似たような感情が見つめ返している。
憎しみを正義と謳い、たった1人の姉との殺し合いを是とした偽善者の姿。
「疎ましかった、心の奥底で憎んだ。同じ存在はいらない。たとえ意義は違えどもあなたを憎む。そんな私がひどくおぞましい。」
「抗いすぎたわね、あんたは。私たちは、縛りの消えた私たちにはその結果しか残されていなんだよ。」
お互いから零れるのは本心の吐露。自由を得た彼らが選んだのはただ1つ。いずれかの存在を消し去る。共通項の隷属が消えれば禁じられていた衝動が芽吹くのは必然。
すなわち存在否定のための殺し合い。
心の内がそれを否定しようと髄の根源から発される命令には抗えない。
しかし、戦いの中で削られ続けた命の綻びがほんの一時、せめぎあいの中で本音を吐露する間を得た。
「最初で最後のプレゼント上げる。あんたを解放してあげるわ。優しすぎる縋り屋のメイちゃん。」
「私ーーーーーーー」
最期に至らしめる最終手段を実行する。
セパラティーを構成するコードに干渉し、ズタズタに分解する。
「!?!?!?!!!?!!」
痛みさえなく、ただ欠落していく感覚。体の感覚が不思議なほどハッキリしているのに力が入らない。消えていく。意識が。
力の抜けた体を抱きとめる。息は当然ない。セパラティーの特殊な遺伝子構造を分解して安楽死に導いたのだから。
たった1人の妹をようやく死に導いた。生まれ持った自らの定めを完遂し、満足感に包まれる。
「セパラティー2号『暗夜行路』メイの遺伝端子解析、構造再現完了。並びにお姿の投影を完了しました。主様。」
恭しい声がスタノーチェスに呼びかける。それはメイの声だった。
応じてスタノーチェスが振り返る。そこにはメイと瓜二つの姿をした『A.D』がいる。
これこそ彼女が求めた結果。自らの定めに抗おうと考えたスタノーチェスが導いた一つの解。
対立を齎す遺伝端子を持つ存在、メイを葬り、その遺伝端子を『A.D』が完全再現し、取り込む。
スタノーチェスに隷属する『A.D』は戦いを強いられることなく遺伝端子の力を使用でき、限りなくメイに近い生命になる。
「貴女の名はメイよ。これからはそう名乗り振る舞って。貴女は私の妹。私の命令には従うこと。いい?」
「分かりました。お姉様。」
自分の思い通りになる。
『A.D』––––メイの頬に触れ、嗜虐に満ちた笑い声を上げる。
夜風に運ばれるそれはどこまでも狂気に満ち、そしてどこか物寂しくあった。
果てしなく続く歴史の1ページで
狂い続けた飛翔はついに交わることはなかった。
円環を描くドグマ @Syuria
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