九 竜商人 後編



「えっ、どうした? 反抗期か……おい! 痛いって!」


 とりあえず頭でも撫でておこうかと伸ばした手にガブリと咬みつかれ、流石に少し頭にきて顔をしかめると、今度は急に傷ついた顔になって帽子を目深に被ってしまった。対処に困って仲間達を見回した勇者は──今にも説教を始めそうな厳しい顔でこちらに来ようとしていた聖職者に慌てて首を振り、完全に当惑した顔をしている世捨て人にこりゃダメだと首を振った。


「おいおい、どうした? 喧嘩か?」

 おじさんが苦笑いで聞いてくるが、自分でもよくわからなかったので首を捻る。


「あー、いや。こいつ、ちょっと調子が悪いらしい。部屋で休ませてくるよ」

「やだ」

「ああ?」

「行きたくない、ここにいる」


 なんだか泣きそうな顔になってきた吟遊詩人を眺めて困り果てていると、ふわりと現れた魔法使いが少年の肩を引き寄せてそっと抱きしめた。よくわからないがそれで正解だったようで、静かなエルフと手を繋ぐと少し落ち着いた顔になって、小さな声で「……ごめんなさい」と呟く。


「いや、まあいいけど……俺、なんかしたか?」

 そう尋ねながら少し屈んで視線の高さを合わせようとしたが、その時バンと乱暴に背中を叩かれて、赤金茶の激しい色彩を振り返った。


「──おい狼、ちょっと二人でそこら辺をぐるっと一周してこい! 気分転換だ気分転換!」

「え? ああ、うん……それは別にいいけど」


 なぜか一人だけ事情がわかっていそうな顔をした竜商人が、ニヤァと笑って顎をしゃくった。その笑顔を見た賢者がさりげなく一歩距離を取るのを視界の端に収めながら、視線で説明を求める。が、しかしおじさんは「いいから行ってこい!」と追い払うように手を振るばかりで何も言ってはくれなかった。


 ガラス玉の連なった飾り帯をジャリジャリといじりながら涙ぐんでいる吟遊詩人を綿毛の妖精から引き取って、籠から離れて甲板の中央まで歩く。甲板に伏せて暇そうにしていた竜の背を軽く叩くと、ガズゥが顔を上げて「ぐぅ」と鳴いた。それに頷き返し、すっかりしょげてしまった吟遊詩人の脇の下に手を入れてひょいと鞍の上に乗せると、自分はその後ろに乗って手綱を握る。


 うん。久しぶりだけど、忘れてないな──


「えっ、勇者……」

 吟遊詩人が目を丸くして、少し気持ちが逸れた様子になったのを確かめてニヤッと笑う。

「大丈夫だ、慣れてるから。怖かったらそこ掴まっとけ──離陸ラフタ!」

「わっ……!」

 短く古語で命令すると、赤い飛竜が大きく翼を広げて空へ飛び立った。ぐんぐんと高度を上げ、秋の爽やかな風に乗って青い海の上を滑るように飛ぶ。


「す、ごいね……」

 怖がっていないかと顔を覗き込むと、緑の目が空と海を映してキラリと青く光っていた。上下左右を青に包まれた空間に、勇者も思わず目的を忘れてその光景に見惚れる。


「綺麗だな」

「ぐぅ」


 自分よりも竜が先に返事をして、悪戯好きの妖精がようやくそれらしい声を上げて笑った。手綱から片手を離して頭を撫でると「手、離さないでよ! 落ちるって!」と慌てるので、そのまま腹に腕を回してやる。


「ねえ……シダルはさ、僕達のシダルだよね?」

「え?」

 船の周りをゆっくりと旋回させていると、風の音に紛れそうな声で吟遊詩人がぽつりと言った。


「もう狼の名前は恋しくないって、言ってたよね?」

「……なんだ、もしかして俺が昔の名前で呼ばれてるから不安になったのか?」

「違うけど……」

「お前、可愛いな」


 思わず腹に回している腕にぎゅうっと力を込めて反対の手で頭を撫で回すと、視線をうろうろさせて居心地悪そうにしていた吟遊詩人が「うわあ! 手綱離さないでよ、ばか!」と叫んだ。


「大丈夫だって、脚で挟んでるから。……おじさんには後で言っとくよ。俺はもうアサの狼じゃなくて、お前らのシダルだからそう呼んでくれって」


 吟遊詩人はこくりとひとつ頷くと、今度こそ元に戻った様子でがっくりと項垂れた。

「僕、感じ悪かったよね……竜商人さんに呆れられちゃったかな。故郷で勇者を大事にしてくれてた人なのに」

「いや、お前はただ俺に噛みついてただけだろ、文字通りさ……。良くも悪くも出来た商人だからな、普通の良い人ではあるけど、商売に関係ないことはあんまし気にかけてないと思う。まあ気になるなら後で何か小物でもひとつふたつ買えばご機嫌になるさ」


 そう言いながらもう一度頭を撫でようとすると、「両手離しは絶対ダメ!」と怒った神官のような声でぴしゃりと言われた。

「勇者はさ、僕が知り合いの前で態度悪くて……気分悪くなかった?」

 妙に体裁ばかり気にするので、そんなことより思いきり指を咬んだことを気にしてくれよと苦笑する。チラリと見下ろすと、まだ歯型が消えていない。


「いや、それは全然。咬まれた時は痛かったが、まあ、もういいよ」

「それは、ごめん……」

「いいって。お前はさ、いつもちょっと気を張りすぎだよ。普段からわがまま言わないから、時々そうやって抑えが効かなくなるんだ。女の子なんだからさ、もう少し俺達を頼れって」

「男の子だよ! もうそれはいいじゃん!」

「ほんとか? それにしちゃあの声……」

「もう! 勇者は……あっ、賢者がこっち見てる──おーい、賢者! レーフルース!」


 眼下に小さく見える黒いローブの影に向かって吟遊詩人がぶんぶんと手を振る。明るさの戻った綺麗な声が凪いだ広い海に響き渡ったが、聞こえているはずの賢者は腕を組んだまま微動だにしない。


「ふふ、嫌そうな顔してる」

「だろうな」


 笑いながら少しずつ高度を下げて甲板を目指す。ぐっと内臓が重力に逆らうような感覚に吟遊詩人が体を固くしたので、抱えている手を軽く揺すって「力抜け、着地が響くぞ」と声をかけた。


「今気づいたんだけどさ、勇者が座ってるのって鞍のないとこだよね? 竜に鞍なしで乗れるなら、そりゃ暴れ馬くらい乗りこなせてもおかしくないか……」

「ガズゥとは五歳から飛んでるからな、慣れもあるけど」

「五歳? おじさんの膝に乗って? それ可愛いなあ」

「いや、初めて一人で乗ったのが五歳」

「は?」


 吟遊詩人が何やら驚いている間に、怖がっている彼に気を使ったガズゥがいつもよりずっと滑らかに甲板へ舞い降りた。


 竜の背から降りた吟遊詩人は、心配そうに駆け寄ってきて腕を伸ばした妖精に軽く抱きついて笑顔を投げかけると、小走りに籠のそばへ戻っておじさんに向かってにっこりした。


「ごめんなさい、せっかくの再会の日なのに態度悪くして」

 合わせた両手の指先をそっと唇に当てて少女そのものの声で謝罪する吟遊詩人を、賢者が困惑した顔でじっと見つめているのがちょっと面白い。対照的に神官は「宜しい」という感じで満足げに頷いていて、おじさんも微笑ましそうに目を細めている。


「なあに、女の子の焼き餅なんてバラの棘みたいなもんさ。ちょっとチクっとしてるくらいが可愛いんだよ。それにその程度、娘の癇癪に比べたら可愛いもんだ。誰に似たんだか、火吹いてそこらじゅう暴れっからな。こないだなんか俺の仕事部屋が全焼した」


 いや、どんな癇癪だよ……。


 そう思っていると、竜商人が「でも、ちゃんと仲直りして謝れるお嬢ちゃんは偉いなあ。ほら、おじちゃんが飴をやろう」と、あの怖い笑顔を浮かべながら吟遊詩人の手を取って飴を渡そうとしていたので、思わずその腕を掴んで「おい、触んな」と言ってしまった。おじさんが苦笑いを浮かべ、吟遊詩人がパッと頰を赤くして口元をむずむずさせる。


「はいはい、お前達のお姫様だもんな。おっさんは触るなってか、わかったわかった。全くよう、これでも昔は嫌ってくらいモテたんだがな、俺も歳かなあ」

「いや、笑い方が怖かったから」

「お前……昔っから俺が笑うと怯えるよな? それ、言っとくけどお前だけだぞ」

 おじさんがそう言った瞬間に後ろの賢者がぐっと眉をひそめたので、それを見た吟遊詩人が肩をびくりとさせて笑うのを耐えた。


 「お姫様」の機嫌が直ったようなので、そろそろ竜商人の──なんというか、面白くない冗談を押しつけてくる感じに疲れてきた勇者は、一言断りを入れると小さい方の妖精と一緒に買い物をさせてもらうことにした。籠の中から飴やビスケット、あまり日持ちはしないが林檎の焼き菓子や紅茶の缶などを選んでおじさんのところへ持ってゆく。


「あれお前、甘いものなんて好きだったか?」

「いや、仲間がな」

「お前ら、本当に仲良しなのな。ロサラス殿はお前や賢者様の着替えと綿毛にやるっていう干した果物を買ってったし、綿毛は綿毛でお嬢ちゃんにやるっていう小物と肉に合う香草を買い込んでたぞ、あいつ肉食わねえのに。で、綿毛によると賢者殿はお前らが無駄遣いできるように魔導具作って売ってるって言うじゃねえか。思わずありったけ俺に卸してくれって頼みに行っちまったよ、すげえ目で見られた」

「いや、あいつが凄い目なのはいつものことだから」


 品物を見ながら計算機の石を弾いている商人を見て、そういえばと首を傾げる。

「いつも魔石と交換だったが、金でも買えるのか?」

「ああ。三ルヴァ三十クファだな」

「行商のわりに安くないか?」と言いながら銀銭と銅貨を三枚ずつ渡すと、「おお、金の勘定まで覚えてやがる」と感心したように何度も頷かれた。


「安いってなあ。馴染みのお前は特別だぜ狼、いやシダルだったか──ってのは冗談でよ、幻遷の賢者テルファム=トルムセージが作った魔導具なんて恐ろしい価値の品が手に入るもんで、気分が良いから今日は割引だ! 今のうちにたくさん買っとけよ!」

「おいその名前、賢者には言うなよ」

「テルファムージ……」

「うわっ!」


 例の如く後ろに立っていたエルフに驚いている勇者に苦笑すると、バルジュール──という名前は彼によると共通語風の格好つけた発音で、本当はバルゼルというらしい男が「そういえば」と顔を上げた。


「綿毛から聞いてると思うが、村長にはちゃんと説明しといたから。お前の家も維持してもらえることになってる。いつでも帰ってこれるようにしとくって、雀のばあさんも言ってたぞ」

「……そうか、ありがとう」

 そんな話は一切聞いていなかったが、曖昧に頷いておいた。というよりも、曖昧に礼を言う程度の反応しかできなかった。


 そうか。この旅が終わったら、俺の帰る場所はあの村なんだな──


 村へ「帰る」という言葉に思ったよりも心が深く沈み込むのがわかって、自嘲めいた苦笑が零れる。彼の仲間達は旅が終わったからといってすぐさま他人の顔をするような人間ではないが、それでも彼らは友であって家族ではない。いつかはそれぞれの家に帰って、そして断崖絶壁に囲まれた秘境に住む勇者は、もう二度と彼らに会えないなんてこと……ないだろうか。


 そんな切ない気持ちになって、仲間の顔を見て安心感を得ようと振り返ると──魔法使いの頭や肩にもこもこと大量のカモメが乗っていたので思わず吹き出した。


「なんだお前、それ」

「……白いから、すずめではないね」

「翼の先が黒いし、カモメだろ」

「かもめ」


 気分転換に籠の方へ戻って吟遊詩人に似合いそうな飾り帯を探していると、賢者が魔導具の詰まった袋を持って戻ってきた。用途のわからない小さな何かが木箱の上に十個ほど並べられると、目の色を変えたおじさんがレンズのようなものを右目に装着して、刻まれた魔法陣や魔石をじっくりと眺める。


「うへぇ、噂には聞いてたが、すげえ緻密さだな……ちょっとこの数は払えねえかもしれねえ……惜しい、ほんとに惜しいんだが」

 本当に悔しそうな声でおじさんが呻くと、それを立ったまま冷たい顔で見下ろしていた賢者がぼそっと言った。

「いや、査定の半値で良い」

「はあ!? なんでまた、賢者様ともあろう人がそんな馬鹿げた」


 自称「金には厳しい竜商人」が素っ頓狂な声を上げて目を剥いた。おじさんはどう見ても賢者の苦手な種類の人間で、そんな相手に彼がそんなことを言うとはと勇者も一緒に首を捻っていたが、賢者の次の言葉が聞こえてくると思わずフードを引き下ろして彼らに背を向けた。


「高値で売りたくばそなたのような商人よりも、リオーテの研究機関に持ち込む方が得策だ。……シダルに本を与えていたのはそなただろう。言い値で良い」


 少し言い澱むような声の後に、おじさんの「ひゃっ!」という気持ち悪い笑い声が重なる。

「あんたら、ほんとに仲良しだなあ……ありがとな、あいつを大事にしてくれて。俺はさ、あのいつ壊れるかわかんねえみたいな目をしてた狼があんな顔で笑ってるのを……あいつの両親が亡くなって以来初めて見たよ。これでようやくアレイのやつに顔向けできる」

「そうか」

 聞いているとむずむずしてくるので、勇者はそうっとその場を離れ、神官に大量の飴を握らせてもじもじさせることで心を落ち着けた。


 半値になっても勇者から見れば恐ろしく大金に見える金貨の山が賢者に支払われ、幽霊街から海賊が仕入れてきた工芸品の箱の一部がオレンジや桃の箱と交換され、そして残った少しがいかにもな感じの宝剣や王冠が詰まった宝箱と交換された。


「え、それって……」

 勇者と顔を見合わせた吟遊詩人が小さな声で尋ねると、船長がもじゃもじゃの髭を揺らしながら豪快に笑う。


「すげえだろ! うちは質より量なんで大体はガラス玉にメッキだがな! ここ二百年は密輸船なんかを襲っても、浪漫も飾りっ気もねえ火薬だとか妙な薬だとかゴミばっかりでよ。こういうお宝はあんまし出ねえんだ」

「だから、正規の手段で手に入れてるんだね……」


 くすくすと笑いを堪えられない吟遊詩人に一瞬ひやりとしたが、海賊達は気を悪くする様子もなく楽しそうに笑っている。すると一緒になって笑っていたおじさんが少し名残惜しそうな顔になって勇者に声をかけた。


「じゃあ、俺は陽が傾く前に行くな。ガズゥがよ、船の上じゃ寝れねえんだ」

「え?」

 振り返ると、甲板の真ん中に魔法使いに撫でられながら腹を上にしてすやすやと昼寝をしている竜がいる。


「……まあ例外もあるらしいが、一晩中綿毛に子守をさせるわけにもいかねえからな」

「……うん、またヴェルトルートで」

「おう、それに俺達もあちこち回ってるからな。またどっかで会えるかもしれねえ」

「うん」


 いつも別れ際に泣いている勇者を吟遊詩人がはらはらした様子で見つめていたが、おじさんが行商を終えて去っていくのはいつものことなので、それほど寂しい感じはしない。むしろぐずるガズゥを妖精から引き離すのが大変だったが、みな最後は爽やかに笑って、おじさんと竜を青い海の向こうへ見送ったのだった。





 馬房のある船室に下がって、部屋の真ん中についさっき買った菓子と紅茶、人間用の部屋から持ち込んだ湯のポットを並べる。その少しの間に魔法使いが神官に怒られていたので何かと思えば、妖精が喜ぶレタへ無限に角砂糖を与えていたという実にくだらない理由だった。


「へえ、この季節に林檎のお菓子なんてよく売ってたね。まだ酸っぱいんじゃない?」

「こういうのはね、木を丸ごと温室に入れて育てるのです。ちゃんと甘いと思いますよ」

「美味いといいけどな……賢者、こういうの好きだろ?」

 勇者の言葉に「え、ほんと?」と吟遊詩人が目を丸くした。

「塔の厨房の料理本にさ、林檎を使った菓子のページばっかり栞が挟んであったから。それに、パイのところには開き癖がついてたし」

「け、賢者がお菓子作り……」


 絶句してしまった賢者の顔を見て失言だったかと思ったが、肩に何度も頭をこすりつけて「作って、作って」とねだっている妖精を押しのけているくらいで、それほど怒った顔はしていない──がそれもほんの僅かな時間で、魔法使いに菓子を口に押し込まれて思わず口元をほころばせてしまった賢者は、マントに包まってぼんやりと体の周りに黒い影のようなものを漂わせながら黙り込んだ。


「そ、それにしても、こんなところで噂の竜商人さんにお会いできるとは思いませんでしたね」

 神官が上がりそうになる口角を必死に抑えながら話をそらすのに調子を合わせる。


「ああ、久しぶりに村のことを思い出したよ」

 不機嫌そうに、それでも菓子を食べている賢者を見ないように気をつけながら苦笑していると、吟遊詩人がそっと勇者の腕を掴んできた。


「……旅が終わって、ヴェルトルートに帰ったらさ。月の塔の護衛する?」

「え?」

「月の塔の護衛は基本的に鷲族──あ、僕の親戚ね? だけで構成されてるけど、実力のある人間は養子に迎えたりもするんだ。天涯孤独だって言ってたでしょ……僕のお兄ちゃんになってもいいんだよ、勇者」


 吟遊詩人が照れたように少し唇を尖らせながら、それでも安心させるように目を細めた。どうやら先程のおじさんとのやりとりの時に落ち込んでしまったのがバレていたらしい。


「普通なら婿入りを勧めるとこだけど、勇者のお嫁さんになる人はもう決まってるから……」

「え、おい、やめろって」

「ふふ」

「──天涯孤独ではない」


 賢者の低い声が会話を遮って、勇者達はきょとんとしてそちらへ顔を向けた。

「賢者?」

「……そなたの父とは面識がある。存命の親戚も、いる」

 今まで片鱗も感じなかった驚きの事実に目を丸くすると、賢者が少し困ったような顔で口の端を上げた。


「え、父さんと会ったことあるのか?」

「紺ローブ、つまり王室付きの魔術師だった。彼は私の父の……少々配属は違うが同僚で、幼い頃に魔術の基礎を教わったことがある」

「え、賢者にも子供時代とかあるんだ……良かったね勇者、親戚の人がいるってよ」

「え、ああ……うん。でも顔も知らない親戚より、俺はお前が弟になる方がいいかなあ」


 嬉しい知らせではあったが、それよりもちょっぴり残念な顔を隠そうとしている吟遊詩人が愛おしかったし、自分の父親が賢者に魔術を教えていたと知って誇らしかった。そうか、繋がりができた今ならば選択肢が無限にあるのだと──例え村へ帰ったとしても、ガズゥに乗せてもらって賢者の塔を訪れたり、それこそ月の塔の護衛として雇ってもらったり、今はもう友と繋がり続ける未来を選べるのだと思うと、急に世界が開けて見えた。


 あと一週間も経つと大陸が見えてくるということだ。きっと面白いものがたくさんあって、またたくさんの人に出会うのだろう。大きな怪我をして、魔法使いを苦しめて、自分でも気づかないくらいに僅かだが後ろ向きになっていた心がわくわくと力を取り戻してゆく。そのことに深い喜びを感じながら、勇者は和やかに語り合う仲間達へ穏やかな気持ちで視線を向け──そしてすぐに驚きの叫び声を上げることになった。


「そういえば魔法使いは勇者を迎えにいく時、あのおじさんと旅して大丈夫だったの? いい人そうではあるけど、人間は苦手なんでしょ?」

「あの人は……人間ではないよ」

「はあ!?」


 どうやら商人のおじさんは「竜混じり」と呼ばれる特殊な種族だそうで、首元に鱗が有ったろうと言われた勇者は驚愕でその後しばらく口がきけなかった





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