陶潜14 晋:王弘との交流

陶潜とうせんは出かけるにしても

誰かに会うとかではなく、

ただ山野をさまよい、

あるいは廬山ろざんに上り、

景色を眺めるのみだった。


劉裕りゅうゆうがまもなく皇帝に

なろうかという頃、

江州こうしゅうには王弘が刺史として赴任。

江州が誇る隠者、陶潜と

なんとしてでも会いたい、と

自ら出向いたりもしていた。


が、陶潜。仮病を使い、拒否。

親しき者には、こう言っている。


「わしは世の中と反りが合わん。

 しかも病がちだ。

 だからこうして静かに暮らしている。


 さいわい、高潔な志による声明など

 望んでもおらんし、

 なんで王弘様おん自らに

 ご足労おかけいただいた事を

 誉れになぞしようかよ!


 ただ、世から我が思いを欺くのに、

 賢からざる素振りをするのは、

 確かに、よろしいことではない。

 の時代の文人、劉禎りゅうてい

 君子らより謗られた所以でもある。

 わしのこの振る舞い、

 また罪浅からぬものではあろうよ」


その後王弘は手管を尽くし、

なんとか陶潜と

酒を酌み交わす仲とはなれた。

この辺りは、既に語ったところだ。

そして王弘、勇気を出して誘う。

江州府、つまり私の住まいで

一緒に飲まないかい? と。


なんと陶潜、この誘いを承諾。

喜ぶ王弘、自らの乗る車に

陶潜を迎えようとする。


が、陶潜。同乗は拒否。

あくまで門人一人、息子二人、

計三人が担いだ輿で向かう、と言う。


なんでやん!?

王弘が理由を訪ねたところ、

陶潜はこう答えた。


「右膝に矢を受けてしまっておりましてな。

 うちの輿でないと具合よく動けんのです。

 なに、ちゃんとお邪魔しますよ」


そして彼らの担ぐかごで江州府に赴き、

そこで王弘と酒を酌み交わし、談笑した。

江州府に構えられる刺史のための邸宅は

実に豪華なものであったが、

陶潜、その邸宅に対して羨みの情は

おくびにも出さなかった。


そのふるまいに、

悟ったところがあったのだろう。

以降王弘が陶潜と会うときには、

山林溪谷といった場所とした。


陶潜が酒を作る米に事欠いていると聞けば、

自ら米を用意し、送ったという。




未嘗有所造詣,所之唯至田舍及廬山遊觀而已。刺史王弘以元熙中臨州,甚欽遲之,後自造焉。潛稱疾不見,既而語人云:「我性不狎世,因疾守閑,幸非潔志慕聲,豈敢以王公紆軫為榮邪!夫謬以不賢,此劉公幹所以招謗君子,其罪不細也。」弘要之還州,問其所乘,答云:「素有腳疾,向乘藍輿,亦足自反。」乃令一門生二兒共轝之至州,而言笑賞適,不覺其有羨于華軒也。弘後欲見,輒于林澤間候之。至於酒米乏絕,亦時相贍。


未だ嘗て造詣せる所有らず、之く所は唯だ田舍及び廬山に至りて遊觀せるのみ。刺史の王弘は元熙中を以て州に臨み、甚だ欽びて之を遲ち、後に自ら造りたる。潛は疾と稱して見えず、既に人に語りて云えらく:「我が性、世に狎れず、疾に因りて閑を守る。幸いにも志を潔くし聲を慕うに非ざれば、豈に敢えて王公の軫を紆らすを以て榮と為さんや! 夫れ謬くに不賢を以てせるは、此れ劉公幹の君子より謗りを招く所以にして、其の罪は細かざるなり」と。弘は之を要え州に還ぜんとせるに、其の乘りたる所を問わば、答えて云えらく:「素より腳疾有らば、向より藍輿に乘る。亦た自ら反ぜるに足る」と。乃ち一門生、二兒に令し共に之を轝げ州に至らしめ、而して言笑賞適し、其の華軒有るを羨めるを覺えざるなり。弘の後に見えんと欲せるに、輒ち林澤の間にて之に候す。酒米の乏絕せるに至らば、亦た時に相贍る。


(晋書94-1_棲逸)




あら。晋書しんしょはこれ、どこから取材したんでしょうね。陶淵明の作品のどこかにそれを語る部分があるのかもしれません。新釈漢文大系の陶淵明買ったし、出典を探してみるかな。


しかしこの書かれぶりだと、王弘の振る舞いってかなり沈約に近かったんじゃなかろうか、とも思え始めてきた。というのも、貴顕の立場にありながら隠者を愛した。隠逸を愛した。えっ沈約さんもしかして王弘が陶潜と親しくした事実、やや隠蔽してる……?


ともあれ。


陶潜、王弘と親しくするのは、まあやぶさかでもない。しかしそれは「江州刺史」、宋の高官としての王弘ではなく、ともに語らい合ういち個人としての王弘と。だから「江州刺史としての招聘」は辞退し、「友の家に、こちらから遊びに出向いた」。やだ陶潜伝ラスト近くに来ていきなりこんなエモエモなエピソードに出会っちゃうとかマジ……


にしても、劉禎がそしりを受けたエピソードってなんなんでしょうね。曹丕そうひの奥さんであるけん氏をガン見したかどで捕まった、みたいなエピソードはありますけど、それに類するものなのかな。

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