陶潜11 命子詩 中   

渾渾長源 蔚蔚洪柯

羣川載導 衆條載羅

時有默語 運固隆汙

在我中晉 業融長沙

 水源より湧き出でるせせらぎが

 やがて大河となり、

 鬱蒼とした大樹をはぐくむ。

 多くの川が導かれ、枝が分かれた。

 我がとう氏の係累もかくの如し。

 時には出仕し、時には隠棲し、

 そのさだめは時運とともにあった。

 そしてついに、しんの中興にあたり、

 かの長沙ちょうさ桓公かんこう陶侃とうかん様を輩出する。


桓桓長沙 伊勳伊德

天子疇我 專征南國

功遂辭歸 臨寵不惑

孰謂斯心 而可近得

 その諡の通り、威風あふれる陶侃様。

 功績と徳望とを兼ね備え、

 故にこそ天子よりの寵を賜り、

 南の蛮族を平定し、

 さらには蘇峻をも討ち果たすも、

 中央での栄達に心惑わされず、

 荊州へと戻られた。

 その気高きお心に思いをはせたとて、

 近年の誰がそれを得られよう。


肅矣我祖 愼終如始

直方二臺 惠和千里

 謹厳なる我が祖、陶茂とうも様。

 昇進を果たしても、そのつつましさは

 仕官当初のままであられた。

 中央、地方両者の規範となり、

 千里四方の者が、その恩徳に浴した。


於皇仁考 淡焉虚止

寄迹夙運 冥茲慍喜

 そして、わが父の振る舞いは、

 恬淡そのものにあらせられた。

 わずかに仕官の痕跡は残されたが、

 そのお顔に怒りや喜びを

 見出せたことがない。




渾渾長源,蔚蔚洪柯。羣川載導,衆條載羅。時有默語,運固隆汙。在我中晉,業融長沙。桓桓長沙,伊勳伊德。天子疇我,專征南國。功遂辭歸,臨寵不惑。孰謂斯心,而可近得。肅矣我祖,愼終如始。直方二臺,惠和千里。於皇仁考,淡焉虚止。寄迹夙運,冥茲慍喜。


(宋書93-29_文学)




時有默語 運固隆汙

超訳「さっきまで語ってた陶姓の人たちとのつながりはよくわかんないけど、姓が一緒だし、たぶん子孫!(キリッ」


晋書陶侃伝にあたると、その来歴を「本鄱陽はんよう人也。平,徙家廬江ろこう尋陽じんよう。父たん,吳揚武將軍。」と語っています。ここでいう鄱陽は今の鄱陽湖よりも南東の奥地に踏み込んだところにある場所で、なんというか、「山越さんえつが出そう!」みたいな印象のある場所です(偏見)。あとは陶丹がついてる揚武将軍位の重要度かなー。三國志からざっと引っ張り出してみると、揚武将軍についてる人物は


張繡ちょうしゅう曹洪そうこう満寵まんちょう郭淮かくわい王忠おうちゅう(※)

蜀:法正ほうせい鄧芝とうし

呉:董襲とうしゅう朱異しゅい朱桓しゅかんの息子)、鍾離牧しょうりぼく陸式りくしき陸凱りくがいの甥)、呉景ごけい孫権そんけんの母の弟)、孫奐そんかん(孫権のいとこの子)


曹操そうそうが九錫を受けるのを三回辞退した後に、群臣から「いいから受けーや」と訴えが上がった時、署名のかなり前のほうにいた。名前が挙がっているのが31名で、そのうちの9番目。ちなみに王凌おうりょう荀攸じゅんゆう鍾繇しょうよう涼茂りょうも毛玠もうかい劉勳りゅうくん劉若りゅうじゃく夏侯惇かこうとん、そして王忠という順。割と順不同っぽい感じはあるけど、早い段階で協賛してくださいと誘われて、早い段階で署名している感じになる。


という感じで、割と重鎮がつく将軍位ではある。まぁ、これが追贈だったりする可能性もあるんですけどね。そうしたらこれらの人物より二段は下がるクラス、という感じになりますか。それにしたって高官なのは間違いないんですが。


「ある程度の高位にはつける家門」であれば、まぁそれなりの血統ではあるのかもしれません。っが、この辺はどうにも追跡しようがないですね。どうせ南渡官人層からすりゃ三呉エリア辺り以外の呉人なんて全部川犬扱いでしょうしね。

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