沈慶之2 武人の矜持   

421 年、沈慶之ちんけいしは殿中員外將軍となった。

臨時の宮中護衛軍幹部、という感じだ。


それから劉裕りゅうゆう死後に興った到彦之とうげんしの北伐、

元嘉げんかの三度の北伐の第一回に参加。

はじめ趙伯符ちょうはくふ軍に従軍していたのだが、

趙伯符が病を得て撤収したので、

檀道濟だんどうさい軍に転属となった。


この北伐は、到彦之が盛大に失敗して

壮絶な撤退戦を演じることに。

この撤退戦をうまく取りまとめたのが

檀道濟であったわけだが、

ここで沈慶之も相当に活躍したようだ。

檀道済は帰還後、劉義隆りゅうぎりゅうに対し

沈慶之の忠勤ぶり、

用兵の巧みさを称賛している。


このことから沈慶之、兵を任され、

東掖門を守る任務についた。

またちょくちょく劉義隆より召喚され、

禁中に出入りすることもあった。


いちど外に出て錢唐せんとう新城、

会稽かいけい郡にある城を守ったりもし、

それが済むと淮陵わいりょう太守に任じられた。


劉湛りゅうたんはこの忠勤の軍人の存在を知り、

自分のもとに正式に訪問してほしい、

そしてあわよくばシンパに加わってほしい、

と希望し、話しかける。


「そなたの忠勤は長らくにわたる。

 一度この私のサロンにて

 ともに論を交わしてみないかね?」


すると沈慶之、きっとなっていう。


「拙者はこの十年間、

 自力でこの地位にまで辿り着き申した。

 そなたの傘下になぞ下らぬわ!」


それから間もなく、沈慶之は宮廷警護の、

正式な叙任を得た。


やがて、劉湛が捕らわれることになる。

夕方、劉義隆は沈慶之を召喚。

現れた沈慶之、完全武装で登場。

劉義隆、ビビる。


「余はただそなたを召喚しただけだぞ。

 なぜすでに武装まで出来ておるのだ?」


沈慶之は答える。


「このような遅い時間に

 守備隊の長をお呼びになるのです。

 どうして平時の装いで来れましょう」




永初二年,慶之除殿中員外將軍,又隨伯符隸到彥之北伐。伯符病歸,仍隸檀道濟。道濟還白太祖,稱慶之忠謹曉兵,上使領隊防東掖門,稍得引接,出入禁省。出戍錢唐新城,及還,領淮陵太守。領軍將軍劉湛知之,欲相引接,謂之曰:「卿在省年月久,比當相論。」慶之正色曰:「下官在省十年,自應得轉,不復以此仰累。」尋轉正員將軍。及湛被收之夕,上開門召慶之,慶之戎服履靺縛絝入,上見而驚曰:「卿何意乃爾急裝?」慶之曰:「夜半喚隊主,不容緩服。」


永初二年、慶之は殿中員外將軍に除せらる。又た伯符に隨いて到彥之が北伐に隸す。伯符の病にて歸すに、仍ち檀道濟に隸す。道濟は還ぜるに太祖に白し、慶之の忠謹曉兵なるを稱う。上は隊を領し東掖門を防らしめ。稍さか引接を得、禁省に出入す。出で錢唐新城を戍り、還ぜるに及び、淮陵太守を領す。領軍將軍の劉湛は之を知り、相い引接せんと欲し、之に謂いて曰く:「卿は省に在りて年月久し。比し當に相い論ずべし」と。慶之は色を正して曰く:「下官は省に在ること十年、自ら應に轉ぜるを得たらば、復た此を以て仰累したらず」と。尋いで正員將軍に轉ず。湛の收を被れるの夕に及び、上は開門し慶之を召さば、慶之は戎服にして靺を履き絝を縛りて入らば、上は見て驚きて曰く:「卿は何ぞの意にて乃ち爾れる急裝をせんか?」と。慶之は曰く:「夜半に隊主を喚びたるに、緩服を容れず」と。


(宋書77-2_直剛)




沈慶之伝、もう完全にアディショナルタイムなので、基本あんまり紹介してもしょうがないんですよ。けど、次話があんまりにも好きなの。すごく好きなの。なのでここでは次話の伏線になるこれらの話をのっけておきますね。どうですこの武一徹の誇り高さ。やばいっすよ。


この誇り、次話で爆発します。ヒャッハー!

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