謝霊運12 撰征賦8   

於是濫石橋 登戲臺

策馬釣渚 息轡城隅

永感四山 零淚雙渠

 ついに彭城に到着、皆で石橋を渡り、

 戯馬台に足を踏み入れた。

 馬に鞭を入れて釣渚に向かい、

 城の片隅で手綱を緩めて憩う。

 四方の山々を眺めて感慨にふけり、

 双渠にて亡き祖父を思い、涙する。


怨物華之推驛 慨舟壑之遞遷

謂徂歲之悠闊 結幽思之方根

 景色が移り変わってしまったことが

 恨めしく、変わるはずのない自然もまた

 変化してしまったことが悲しい。

 過ぎ去った歳月の遥かさを思って、

 深い憂いが心の中に結ばれていく。


感皇祖之徽德 爰識沖而量淵

降俊明以鏡鑒 迴風猷以昭宣

 祖父謝玄の明らかなる徳、

 その深き見識、大いなる度量に感じ入る。

 駿明なる才智でもって人の才能を見抜き、

 政教のはかりごとをもって、

 よく地方を治めた。


道既底於國難 惠有覃於黎元

士頌歌於政教 民謠詠於渥恩

兼採𦬊之致美 協漢廣之發言

 その方略は淝水と言う国難をも防ぎ、

 恩恵は人々に広く及んだ。

 人士はその政を讃えて歌う。

 それは詩経「採𦬊」の内容や

「漢廣」に歌われていたことと合致する。


強虎氐之搏翼 灟雲網於所禁

驅黔萌以蘊崇 取園陵而湮沈

錫殘落於河西 序淪胥於漢陰

攻方城而折扃 擾譙潁其誰任

 虎のごとき氐族がその勢いを増し、

 雲霞のごとく我らが地に押し寄せた。

 そうして人民を駆り立て、積み重ね、

 殺し、晋室の陵墓を奪い、

 破壊してしまった。

 張天錫は涼州で、朱序は襄陽でとらわれ、

 氐賊の手に落ち、

 更に方城が攻め立てられて落ち、

 譙や潁の地も荒らされた。

 奴らを、いったい

 誰が止められるであろうか。


世闕才而貽亂 時得賢而興治

救祖考之邦壤 在幽人而枉志

體飛書之遠情 悟犒師之通識

 才能ある人が欠けると、乱が起こる。

 時代が賢者を得れば、世は治まる。

 祖父謝玄が世を救ったのは、

 隠棲の志を曲げてのものであった。

 まるで鳥たちに情報を運ばせでも

 しているかのような諜報能力と、

 敵の軍をねぎらって

 自国を救ったという伝説を持つ人物、

 弦高のごとき先見の明を備えていた。


迨明達之高覽 契古今而同事

拔淵謨於潛機 騁神鋒於雲斾

驅斥澤而風靡 蹙坑谷而鳥竄

 その見識の鋭さ、深さは

 偉大なる古人らと同じであったし、

 その対処の適切さもやはり

 素晴らしいものであった。

 未だ氐賊の野望が

 明らかとなっていなかった頃より

 準備を推し進め、

 見事に鍛え上げられた兵力を

 晋の御旗のもとに展開。沢地を行けば、

 敵は風になびくがごとくに伏し、

 谷に縮まり、鳥のように隠れた。


中華免夫左衽 江表此焉緩帶

既剋黜於肥六 又作鎮於彭沛

晏皇塗於國內 震天威於河外

掃東齊而已寧 指西崤而將泰

值秉均而代謝 實大業之興廢

 かくて中華は蛮族の支配を免れ、

 人々はその恐怖から

 一息をつくことがかなった。

 謝玄は更には勝利の余勢を駆り、

 彭城や沛といったエリアにも守りを置く。

 帝の威信は大いに高まったし、

 その武威は諸外国に示された。

 東で斉の地の蛮族も放逐し、

 更に西のかた、洛陽の奪還も志したが、

 司馬道子が主導権を得てしまい、

 謝氏の影響力が中央から失われたため、

 頓挫せざるを得なかった。


心無忝於樂生 事有像於燕惠

抱明哲之不伐 奉宏勳而是稅

捐七州以爰來 歸五湖以投袂

屈盛績於平生 申遠期於暮歲

 祖父の気高き思いは、かの楽毅にすら

 劣るものではなかったであろう。

 しかし、楽毅が燕の惠王に疎んぜられ、

 遠ざけられるところまで

 同じでなくとも良かったのではないか。

 ただし謝玄は、その明哲のさいを

 誇示することもなく、官位功績を奉還、

 朝廷を去り、故郷へと帰還した。

 五つの湖が見える景色を眺めながら、

 その大いなる功績のことも忘れ、

 その晩年を伸びやかに過ごしたのである。




於是濫石橋,登戲臺。策馬釣渚,息轡城隅。永感四山,零淚雙渠。怨物華之推驛,慨舟壑之遞遷。謂徂歲之悠闊,結幽思之方根。感皇祖之徽德,爰識沖而量淵。降俊明以鏡鑒,迴風猷以昭宣。道既底於國難,惠有覃於黎元。士頌歌於政教,民謠詠於渥恩。兼採𦬊之致美,協漢廣之發言。強虎氐之搏翼,灟雲網於所禁。驅黔萌以蘊崇,取園陵而湮沈。錫殘落於河西,序淪胥於漢陰。攻方城而折扃,擾譙潁其誰任。世闕才而貽亂,時得賢而興治。救祖考之邦壤,在幽人而枉志。體飛書之遠情,悟犒師之通識。迨明達之高覽,契古今而同事。拔淵謨於潛機,騁神鋒於雲斾。驅斥澤而風靡,蹙坑谷而鳥竄。中華免夫左衽,江表此焉緩帶。既剋黜於肥六,又作鎮於彭沛。晏皇塗於國內,震天威於河外。掃東齊而已寧,指西崤而將泰。值秉均而代謝,實大業之興廢。心無忝於樂生,事有像於燕惠。抱明哲之不伐,奉宏勳而是稅。捐七州以爰來,歸五湖以投袂。屈盛績於平生,申遠期於暮歲。




謝玄の気持ちはさておき、謝霊運の生き方の理想がこれでもか、と詰まっている感じはします。その言葉の中には「人の才能を見抜く」って言葉も出てきたりはするんですけど、それでも謝霊運が見ようとするのは、いっそ悲しみすら覚えるくらいに「上」なんですよね。高弦、と語られるエピソードも、どうにも春秋僖公二十六年の記事からっぽいですし。


「才能なきもの」との付き合い方がなぁ……。

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