謝霊運11 撰征賦7   

停驂騑于踰宿 騖吾楫於邳鄉

奚車正以事夏 虺左相以輔湯

 薛の地に辿り着いた。

 驂騑より踰宿を経て、

 船を邳鄉へと走らせる。

 この地では夏の時代に立った

 奚仲が車正として夏王に仕えた。

 また仲虺が左相として殷の湯王を助けた。


綿三代而享邑 厠踐土之一匡

嗟仲幾之寵侮 遂捨存以徵亡

喜薛宰之善對 美士彌之能綱

 夏・殷・周の三代にわたって一族は

 薛の地を統べ、また周を補佐する

 諸侯の連盟、いわゆる踐土の会盟にも

 参加している。

 仲幾の代に至り、遂に滅びはしたが、

 主筋の国であった宋に対しては

 よく対応したし、

 その際にアドバイザーとして入った

 晋の士彌牟の対応も

 素晴らしいものであったといえよう。


升曲垣之逶迤 訪淮陰之所都

原入跨之達恥 俟遭時以遠圖

 うねうねと曲がった城壁にのぼる。

 その地はかの国士無双、韓信が

 治所として定めた場所でもある。

 また、いわゆる韓信の股くぐりの

 故事があった地としても知られている。

 かれは小さな恥を忍び、

 遠大な志を抱いていた。

 そうして彼は楚の国を捨て漢を選び、

 項羽を滅ぼす策を劉邦に授けるにまで

 至ったのである。


捨西楚以擇木 迨南漢以定謨

亂孟津而魏滅 攀井陘而趙徂

播霊威於齊橫 振餘猛於龍且

觀讓通而告狶 曷始智而終愚

 韓信は孟津を渡って魏を滅ぼし、

 井陘口をのぼって趙を滅ぼした。

 神のごとき武威を

 斉の田横にもたらしたし、

 また楚将の龍且をも攻め滅ぼす。

 更には蒯通の献策を却下し、

 陳狶にはかりごとを示しもした。

 あれだけ聡明であった彼が、

 どうして最後には

 愚者となってしまったのであろうか。



迄沂上而停枻 登高圯而不進

石幽期而知賢 張揣景而示信

本文成之素心 要王子於雲仞

豈無累於清霄 直有概於貞吝

 沂水に至って船をこぐ櫂の手を止め、

 高い土橋にのぼって足を止めた。

 黄石公は不思議な出会いによって

 張良の賢明さを知り、

 張良は時期を見計らって

 その真偽を示した。

 自らの思いに従い、

 雲外の王子喬を求める。

 澄み渡った空の下、

 どうして患いなくしていられようか。

 ただ、願いはもっともであったにせよ、

 そしりを免れきれないのは

 嘆かわしいことであった。


始熙績於武關 卒敷功於皇胤

處夷險以解挫 弘憂虞以時順

矜若華之翳晷 哀飛驂之落駿

傷粒食而興念 眷逸翮而思振

 武関での功績に始まり、

 ついには劉邦の

 誤った後継者選びをも食い止めた。

 そのやり方は平坦な道であれば進み、

 険阻な道であれば止まる、

 憂いや恐れは時が訪れるのを待って

 緩める、と言ったものであった。

 そんなかれであってもその晩年は

 若い花が夕陽によって陰るかのような、

 あるいは天馬がただの馬に

 落ちぶれたかのようであった。

 一方では粗食を貫き

 仙人になろうとしたようにも、

 空飛ぶ鳥に憧れて

 飛び立とうとしたかのようにも

 映るのだけれども。



戾臣山而東顧 美相公之前代

嗟殘虜之將糜 熾餘猋於海濟

驅鮐稚於淮曲 暴鰥孤於泗澨

 臣山に到着した。

 ここから東を望めば、劉裕様が過日に

 南燕を討伐する時に辿られた道がある。

 時に南燕は崩壊の真っただ中、

 名残りの狂風が

 海辺に吹き荒れていたと聞く。

 彼らは老人や子供を淮水に駆り立て、

 やもめや孤児を泗水で酷使していた。


託末命于風雲 冀霊武之北閱

惟授首之在晨 當盛暑而選徒

肅嚴威以振響 漸溫澤而沾腴

 哀れなる人々は大いなる救いの手が

 南よりもたらされることを冀っていた。

 そして劉裕様はそれらを感じ取られ、

 夏の盛んな時期に軍を立ち上げ、

 厳粛なる軍を編成、軍鼓も高らかに進軍、

 道中の人びとには恵みを与えてゆかれた。


既雲撤於朐城 遂席卷於齊都

曩四關其奚阻 道一變而是孚

 敵軍は迎撃を望まず臨朐より撤退、

 ついには広固にて劉裕様の元に

 むしろのごとく巻き取られた。

 もとは四つの関所が

 往来を厳しく制限していたと聞くが、

 劉裕様の北伐により関所は撤廃、

 往来は元の姿を取り戻した。



傷炎季之崩弛 長逆布以滔天

假父子以詐愛 借兄弟以偽恩

 後漢の御世が崩壊しつつある中、

 逆賊呂布がのさばったことを悲しく思う。

 かの者には董卓との義理の親子の情も、

 劉備と結んだ義兄弟の契りも

 無意味なものであった。


相魏武以譎狂 宄謨奮於東藩

桴未譟於東郭 身已馘於樓門

 東国でのその暴虐を眺め、

 曹操はひどく嘆いたという。

 しかし最終的に呂布は、

 堂々たる決戦も経ず、策略の前に敗れ、

 城門に生首が晒されることとなった。



審貢牧於前說 證所作於舊徐

聆泗川之浮磬 翫夷水之蠙珠

草漸苞於熾壤 桐孤榦於嶧隅

慨禹迹於尚世 惠遺文於夏書

 古文書に記される、

 徐州からの供物について調べてみた。

 泗川の浮磬、夷水の蠙珠、

 赤茶けた土の上に生い茂る草花、

 嶧山にて孤高の花を咲かせる、桐。

 古文書に今なお載る禹の足跡をたどる。



紛征邁之淹留 彌懷古於舊章

商伯文於故服 咸徵名於彭殤

 久しく続く旅の中、

 いよいよ書に記される古の事柄に

 思いを馳せる。

 商伯は普段使いの服に文様を描き、

 子に名を付ける時には

 その名をつけることで長寿となるか

 早死にしてしまうかを調べた。


眺霊壁之曾峯 投呂縣之迅梁

想蹈水之行歌 雖齊汨其何傷

啟仲尼之嘉問 告性命以依方

豈苟然於迂論 聆寓言於達莊

 霊壁にそびえたつ峰々を眺めたのち、

 呂県にある著名な激流の地に訪れた。

 昔、その激流を

 平然と泳ぎ切る男がいたという。

「荘子」の中には、

 彼がその地を訪れた孔子より

 良き問いを引き出した、

 という故事が見える。

 それは「泳ぎ方」、

 現世を生き抜く処方について。

 男は己の持てる性分や能力に

 従うのが一番である、と答えた。

 余計で迂遠な議論になど耳を貸さず、

 ただ、あるがままであれ、というのだ。

 なるほど、生の達人たる

 荘子らしき言葉である。




停驂騑于踰宿,騖吾楫於邳鄉。奚車正以事夏,虺左相以輔湯。綿三代而享邑,厠踐土之一匡。嗟仲幾之寵侮,遂捨存以徵亡。喜薛宰之善對,美士彌之能綱。升曲垣之逶迤,訪淮陰之所都。原入跨之達恥,俟遭時以遠圖。捨西楚以擇木,迨南漢以定謨。亂孟津而魏滅,攀井陘而趙徂。播霊威於齊橫,振餘猛於龍且。觀讓通而告狶,曷始智而終愚。迄沂上而停枻,登高圯而不進。石幽期而知賢,張揣景而示信。本文成之素心,要王子於雲仞。豈無累於清霄,直有概於貞吝。始熙績於武關,卒敷功於皇胤。處夷險以解挫,弘憂虞以時順。矜若華之翳晷,哀飛驂之落駿。傷粒食而興念,眷逸翮而思振。戾臣山而東顧,美相公之前代。嗟殘虜之將糜,熾餘猋於海濟。驅鮐稚於淮曲,暴鰥孤於泗澨。託末命于風雲,冀霊武之北閱。惟授首之在晨,當盛暑而選徒。肅嚴威以振響,漸溫澤而沾腴。既雲撤於朐城,遂席卷於齊都。曩四關其奚阻,道一變而是孚。傷炎季之崩弛,長逆布以滔天。假父子以詐愛,借兄弟以偽恩。相魏武以譎狂,宄謨奮於東藩。桴未譟於東郭,身已馘於樓門。審貢牧於前說,證所作於舊徐。聆泗川之浮磬,翫夷水之蠙珠。草漸苞於熾壤,桐孤榦於嶧隅。慨禹迹於尚世,惠遺文於夏書。紛征邁之淹留,彌懷古於舊章。商伯文於故服,咸徵名於彭殤。眺霊壁之曾峯,投呂縣之迅梁。想蹈水之行歌,雖齊汨其何傷。啟仲尼之嘉問,告性命以依方。豈苟然於迂論,聆寓言於達莊。


(宋書67-11_文学)




旅程に絡む偉人たちを思う中、大いなる功績を上げるもその末期で明暗が別れた韓信と張良の名を挙げ、「続けて劉裕の大功を称揚する」。さてあなた様は韓信、張良のいずれになられるのでしょうか、と問いかけている感じだろう。そこから先でも「徐州は帝に献上物をもたらすべき地である」と語り、荘子のエピソードを持ってきて、さも「武人は武人としての性分を全うすべきではありませんでしょうか」とでも牽制するかのようだ。


このページで紹介した箇所が、全体的に「劉裕の偉大さはすべて帝に仕える者であるからこそのものである」と説いている印象を受ける。ただこの観点は、字句の意味を自力で拾えないがゆえに森野先生の解釈にどうしても寄りかからざるを得ないところから発生している。その解釈が最終的に変わるかどうかは問題ではなく、どこまで自分なりに解釈をしきれたのかが問題にはなってきそうだ。


まぁただ、いまのフェーズでそれを実現させようとすると、いまやりたいことがどんどん遠ざかってしまう。興味、関心、問題意識を抱いたタスクで、どれだけ後の自分の調査を彩れるのか。やりたいことからブレないようにして、先に進みたい。

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