巻66 東晋来の名族たち7

王裕之1 桓氏の婿    

王裕之おうゆうし、字は敬弘けいこう琅邪ろうや王氏だ。

劉裕りゅうゆうと名が同じなので、

劉裕即位後には字で呼ばれるようになる。


曾祖父は王廙おうよく、晉の驃騎將軍。

祖父は王胡之おうこし司州ししゅう刺史。

父は王茂之おうもし晉陵しんりょう太守。

王導おうどう系に押しやられている感じである。


王裕之は若い頃から清廉にして高尚。

本國左常侍、衛軍參軍から

キャリアをスタート。

落ち着き払った性格で、平穏を好む。

趣味は山河を練り歩くことであった。

やがて荊州けいしゅう天門てんもん郡太守に任じられる。


その妻は、桓玄かんげんの姉である。

そしてこの頃、桓玄は荊州刺史。

となると王裕之、妻の弟が統べる地に

赴くことになるわけだ。


王裕之が向かっていると知ると、

桓玄、使者を飛ばして、

夫妻共々うちに寄ってきなさいよ、

と誘いをかけた。


王裕之、荊州の入り口、巴陵はりょうに到着。

向かうべき任地の天門郡は荊州南部、

桓玄のいる江陵こうりょうは北西部だ。

巴陵から少し先に進んだところにある

川の合流地点で、天門に向かうには南、

江陵に向かうには西に進まねばならない。


つまり桓玄のもとに赴くには、

盛大な遠回りを強いられることになる。


なので、王裕之は言っている。


「桓玄が来い、と言っているのは、

 要は姉を披露したい、というだけだろう。

 私は桓氏の入り婿ではない。

 彼らの宴会に付き合う義理もない」


そして妻だけを江陵に向かわせた。

王裕之はそのまま任地入りすると、

数年間妻に迎えをよこさなかった。


任地にあると言っても、普段は

天門郡内の山々を周遊していた。

一度山に入ると数日は戻らず、満喫する。

そんな暮らしを、ずっと満喫していた。


これは奥さん邪魔だわ……。

なるほどなぁ……。


桓玄の兄、桓偉かんいが安西将軍となると、

その副官、兼、南平なんへい太守に。

ただ間もなく辞職し、

南平郡作唐さくとう県の県境あたりに居着く。


その後桓玄が中央入りし、更に簒奪。

何度も王裕之を召喚したが、

王裕之が応じることはなかった。




王敬弘,琅邪臨沂人也。與高祖諱同,故稱字。曾祖廙,晉驃騎將軍。祖胡之,司州刺史。父茂之,晉陵太守。敬弘少有清尚,起家本國左常侍,衛軍參軍。性恬靜,樂山水。為天門太守。敬弘妻,桓玄姊也。敬弘之郡,玄時為荊州,遣信要令過。敬弘至巴陵,謂人曰:「靈寶見要,正當欲與其姊集聚耳,我不能為桓氏贅壻。」乃遣別船送妻往江陵。妻在桓氏,彌年不迎。山郡無事,恣其遊適,累日不回,意甚好之。轉桓偉安西長史、南平太守。去官,居作唐縣界。玄輔政及篡位,屢召不下。


王敬弘、琅邪の臨沂の人なり。高祖と諱を同じくせば、故に字にて稱す。曾祖は廙、晉の驃騎將軍。祖は胡之、司州刺史。父は茂之、晉陵太守。敬弘は少きに清尚有り、本國左常侍、衛軍參軍にて起家す。性は恬靜にして山水を樂しむ。天門太守と為る。敬弘が妻は桓玄が姊なり。敬弘の郡に之かんとせるに、玄は時に荊州為れば、信を遣りて要え令し過がしめんとす。敬弘の巴陵に至れるに、人に謂いて曰く:「靈寶の要えたらんと見るに、正に當に其の姊と聚を集むるを欲したるのみ、我れ桓氏が贅壻為る能わじ」と。乃ち別船を遣り妻を送り江陵に往かしむ。妻は桓氏に在りて、彌年迎えず。山郡に事無く、其の遊適を恣とし、日を累ねど回らず、意は甚だ之を好む。桓偉が安西長史、南平太守に轉ず。官を去るに、作唐縣界に居す。玄の輔政及び篡位せるに、屢しば召せど下らず。


(宋書66-1_為人)




この感じだと桓温かんおんと王胡之とで結ばれた縁談っぽいですね。王導系にだいぶ押されてた王廙系が逆転を狙って縁談結んだら桓温が簒奪未遂なんかぶち決めちゃうもんだから、ずいぶん立場が危うくなった、みたいな。王裕之のふるまいから感じるのは、少しでも桓氏からの距離を保ちたい、ということ。このへん王茂之さんの生涯と絡められたらいろいろ面白そうです。


と思って晋書見に行ったら、「子茂之亦有美譽,官至晉陵太守。」で終わってた。王胡之もほぼ一瞬だし。世説新語だと割と王胡之の存在感でかかったから期待したんだけど、悲しいなぁ……。

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