鄭鮮之8 劉裕を止める  

一度陥落させた長安ちょうあんが、

赫連勃勃かくれんぼつぼつの手に落ちた!

っざけんなよクソ索虜さくりょ

劉裕、北征の軍を編もうとする。

怒りマックスである。


そこに飛び込むのは、そう。

鄭鮮之ていせんしさんなのです。


「殿下の深遠なる思し召しを、

 愚臣めが拾い上げられるとは、

 到底思えませぬ。

 しかしながら、この議につきましては、

 お感じにもなっておられましょう。

 なので、あえて申し上げます。


 赫連勃勃が凶悪なる敵であることは

 既にわかりきっておったこと。

 にもかかわらず、長安は落ちた。

 これは将帥らが殿下の言いつけを

 違えたがゆえ。

 確かにその通りでありましょう。

 しかし原因を、

 内に求めても仕方ありません。

 赫連勃勃は、強い。故に、破れた。

 これもまた事実にございます。


 恐らくあのクソは、殿下が親征なされば、

 潼關どうかんにて守りを固めます。

 それで守りきれるだけの、勢いがある。

 ここで殿下が遠征なされたとて、

 愚臣には攻略が容易であるようには

 思われませぬ。


 仮に殿下おん自ら

 洛陽らくように出張られたとしても、

 情勢を覆すには足りぬのでしょう。


 ともなれば、此度を中原戦略の

 見直しの機と捉え、熟慮なさいませ。

 クソめはその進軍を

 きょうにて止めております。

 そこから先に進めば、踏み潰される。

 そのことを理解しておるのです。


 ここで敢えて兵を挙げ、

 クソ共を踏み潰しておく。

 それが叶えば、確かにクソどもは、

 永らく身動きが取れなくなりましょう。


 が、殿下が洛陽にまで出られ、

 奴らを潰し、お帰りになる。

 このとき、都付近の謀反予備軍らは、

 必ずや辺境のアンチらを呼び込み、

 災いをなすことでしょう。

 ほぼ、確実に。


 また、いま江南の地の皆々は、

 殿下の存在に依存しております。

 これで殿下が再び遠征をされた、

 というニュースが

 入ってご覧なさいませ。

 その正確な進捗は、

 決して都には伝わりません。

 殿下が近くにあらせられない。

 その事実だけでも、民の動揺は

 たやすく想像がつきましょう。


 殿下が司馬休之の征討に出られた時、

 建康に賊徒が出現。

 劉鍾りゅうしょう殿が手を焼きました。

 この北伐の折にも、広州こうしゅうにて

 徐道期が蜂起、広州が一時陥落。

 また三吳さんごの民も、しばしば力で

 ねじ伏せられ、労務についております。

 その彼らが、殿下の不在を

 どのように感じるでしょうか?


 加えて、各所での洪水。

 遠征による兵卒らの疲弊。

 これらの状況が重なっております。

 関中の敗北も、起こるべくして

 起こったものである、と

 言わざるを得ますまい。


 ただでさえ殿下が彭城ほうじょうにおられる間、

 各県で強盗事件が多発。

 これは偶然でもございますまい。

 殿下の目が届かぬのをいいことに、

 好き放題しておるのです。


 いまは天の示すところに従い、

 民を慰撫すべきではございますまいか。

 そこを違えれば、

 必ずや乱が起きましょうぞ!


 古の者が、トラブル救済に務めたのは、

 まさにそれを知っておったがゆえ。

 そこを弁えぬことにより、

 何が起こりましたでしょうか?


 劉邦りゅうほう様は平城へいじょう匈奴きょうどの包囲を受け、

 そのため劉邦様の死後、冒頓単于ぼくとつぜんう

 呂太后りょたいごうに結婚しようやー!

 などと放言いたしました。

 完全に、匈奴に舐められていた。


 とは言え、別のことも言えます。

 曹操そうそう赤壁せきへきで大敗し、

 桓温かんおん枋頭ほうとうで手勢を失った。

 しかしかれらの名声は

 損なわれておりましょうか?

 関中が陥落したとて、

 殿下の神がかったかった武功は、

 一切損なわれてはおりません。


 まして、遠征軍が統制を失い、敗れた。

 ただそれだけのことで、どうしてお国の

 大黒柱たる殿下の武威が

 損なわれましょう!


 殿下が敗れたわけではないのです。

 下手に朱齢石しゅれいせきらを思い、

 殿下が動かれれば、

 災いは促進されかねません。


 伏して申し上げます、

 いまは殿下おん自らが

 お出になるタイミングではありません。


 それにクソ勃勃も、

 いつまでも遊んではおれますまい。

 調子づいていたら拓跋たくばつ

 隙を衝かれてしまう。

 そろそろ折衝を試みねばならぬ

 頃合いでありましょう。

 ともなれば、河南かなんは平穏を取り戻します。


 そして河南が落ち着けば、

 濟水さいすい泗水しすい域も静まりましょう。

 

 物事の趨勢、

 どうか冷静にお見極め下さいますよう

 お願いいたします」





佛佛虜陷關中,高祖復欲北討,行意甚盛。鮮之上表諫曰:「伏思聖略深遠,臣之愚管無所措其意。然臣愚見,竊有所懷。虜凶狡情狀可見,自關中再敗,皆是帥師違律,非是內有事故,致外有敗傷。虜聞殿下親御六軍,必謂見伐,當重兵守潼關,其勢然也。若陵威長驅,臣實見其未易;若輿駕頓洛,則不足上勞聖躬。如此,則進退之機,宜在熟慮。賊不敢乘勝過陝,遠懾大威故也。今盡用兵之算,事從屈申,遣師撲討,而南夏清晏,賊方懼將來,永不敢動。若輿駕造洛而反,凶醜更生揣量之心,必啟邊戎之患,此既必然。江南顒顒,傾注輿駕,忽聞遠伐,不測師之深淺,必以殿下大申威靈,未還,人情恐懼,事又可推。往年西征,劉鍾危殆,前年劫盜破廣州,人士都盡。三吳心腹之內,諸縣屢敗,皆由勞役所致。又聞處處大水,加遠師民敝,敗散,自然之理。殿下在彭城,劫盜破諸縣,事非偶爾,皆是無賴凶慝。凡順而撫之,則百姓思安;違其所願,必爲亂矣。古人所以救其煩穢,正在於斯。漢高身困平城,呂后受匈奴之辱。魏武軍敗赤壁,宣武喪師枋頭,神武之功,一無所損。況偏師失律,無虧於廟堂之上者邪!即之事實,非敗之謂,唯齡石等可念爾。若行也,或速其禍。反覆思惟,愚謂不煩殿下親征小劫。西虜或爲河洛之患,今正宜通好北虜,則河南安。河南安,則濟泗靜。伏願聖鑒察臣愚懷。」


(宋書64-8_規箴)




あ、……っえ、ちょっとまって、この進言が物語るのは「劉裕の統治指揮システムが極めて脆弱であった」ってことですよね……? 劉裕が重石になってないとだめとか、広域統治を考えたとき、正直かなり終わってない……?


この辺りは成り上がり政権の悲しいところなのかもなー。鄭鮮之の進言が伝えるのは、「劉裕さん、あんたのやり方じゃ天下は平和にはならないよ」みたいなもんだ。だって劉裕以外じゃ勝てない、と言って劉裕が動けば空っぽになった地域で反乱が起こる。つまり動けない。


ここに来てこんなストレートに劉裕の持ち駒不足指摘されるとはなぁ…へたすりゃ一番キツい指摘じゃねえのこれ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る