王曇首5 直史にては如何 

謝晦しゃかいを討伐したのち、

劉義隆りゅうぎりゅうはこの功績から王曇首おうどんしゅらに

爵位を与えようと考えていた。


ある宴会で王曇首を呼び寄せ、

手ずから酒をつぎつつ言っている。


「今日のような宴会も、

 そなたや、兄の王弘おうこうがおらずば

 開催は出来なかったであろう」


封爵のための詔勅、

その原稿が出来上がった。

王曇首の功績に報いることが

よほどうれしかったのか、劉義隆、

自ら王曇首の元に出向き、

詔勅を示す。


が、王曇首のリアクションはつれない。


徐羨之じょせんし誅滅や謝晦の乱のことは、

 陛下の英断即決こそが全てです。

 だからこそ罪人らは、

 みな滅ぼされました。


 それがなければ、

 この建康にどのような悲劇が

 起こっていたでしょうか。


 我々はあくまで陛下、即ち天よりの

 お導きを頂いたに過ぎず、

 その功績など微々たるもの。


 それに、お国の災難に乗じて

 栄誉を手に入れるなど、

 あってよいものでしょうか?


 陛下がお国に仕える者でなく、

 ご自身の手下を得たい、

 とお考えならば、

 それも良いかもしれませんね。


 しかし、歴史家であれば、

 それをどのように書くでしょうか?」


ライバルを蹴落とし、栄職を得る。

外見的には、そう見えても

おかしくない事態である。


ともなれば、それ見たことか、

本当に謝晦の言う

「君側の奸」じゃねえかてめえら、

と評判が立ってもおかしくない。


そいつはご勘弁願いたい。

そう、王曇首は言ったのだ。


なので劉義隆は王曇首の

封爵辞退の気持ちを説得しきれず、

この人事は取りやめとなるのだった。




晦平後,上欲封曇首等,會讌集,舉酒勸之,因拊御牀曰:「此坐非卿兄弟,無復今日。」時封詔已成,出以示曇首,曇首曰:「近日之事,釁難將成,賴陛下英明速斷,故罪人斯戮。臣等雖得仰憑天光,効其毫露,豈可因國之災,以為身幸。陛下雖欲私臣,當如直史何。」上不能奪,故封事遂寢。


晦を平らげたる後、上は曇首らを封ぜんと欲し、讌集せるに會し、酒を舉げ之に勸め、因りて御牀に拊して曰く:「此の坐は卿兄弟非ずば、復た今日無かりたらん」と。時に封ぜる詔の已に成りたるに、出でて以て曇首に示さば、曇首は曰く:「近日の事、釁難の將に成らんとせるに、陛下の英明速斷に賴りたれば、故に罪人は斯く戮されたり。臣らは天光の仰憑を得たりと雖ど、効は其れ毫露なり。豈に國の災いに因りて以て身を幸いと為したるべきや? 陛下は私臣を欲したりと雖ど、當に直史にては如何?」と。上は奪す能わず、故に封事は遂に寢む。


(宋書63-12_規箴)





王曇首の発言については、春秋時代の歴史家、董狐とうこにまつわるエピソードを知っていると把握しやすそうである。かれは権威におもねらない直剛なる筆致でもって、王侯たちのなした悪事もバシバシ直筆し、理想的な歴史家像として神聖化されているそうである。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054889098715


こちら参照。王曇首自身のちの人間に見られる、言い換えれば「天による評価にさらされる」ことが念頭にあったようですね。


もっとも琅邪王氏として実質的に牛耳れてるから、敢えてこれ以上の高位につく意義もうまみもない、と言うのが本音のような気もしないではないですけど。

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