第38話 『返された剣』
「……遅くなった」
床に伏して自分を見上げてくるレナに、ラルフは短くそう告げた。
ラルフを見て束の間安心したような表情を浮かべた彼女は、すぐその目に涙をたたえて言ってきた。
「おじさん……ティアンが……村長が……っ! 皆が……ッ」
高ぶった感情のせいで上手く言葉が出てこないのか、取り留めのなく言葉を繋いでいたレナはとうとう涙を流して泣き出す。
その間も火の手は回り続け、辺りは赤い炎に包まれてゆく。
家財や家の柱が炎により燃え砕け、崩れる音が絶え間なく聞こえてくる中――か細い少年の声が周りの雑音に混じって聞こえてきた。
「れ、レ……ナ……ッ」
「ティアン……? ティアンっ!?」
レナがほとんど床を転がるようにしてティアンの傍に駆け寄る。
「……よ、よかっ……た。無事、で……」
レナの姿が視界に入ってくると、ティアンはそう言葉を紡ぐ。
だがその声はあまりにも弱々しく、力のないものだった。
「ケホッケホッ……」
急に吐血を始めるティアン。その口から出た黒い血が、少年の服と床に飛び散る。
「そんな、ティアン……ッ。ね、しっかりして! ……ティアン!?」
うろたえるレナの声を聞きながら、ラルフはティアンの状態を観察する。
全身にある腫れ上がった打撲痕……どこかで打ったのか、頭からも血が流れていた。
そして何より、服で隠され一見分かり難いが、腹が異様な形で膨れたりへこんだりしている。
それにさっきの吐血……多分相当な数の肋骨は砕けて、その砕けた骨が内臓に突き刺さって内出血を起こしている。加えて肋骨が何本も砕けるような衝撃その身で受けたのなら……そもそもが内臓器官自体、もう滅茶苦茶な状態なのは間違いなかった。
「待ってて、今助けるから……ッ!」
そう言って目を閉じ、何かに集中する仕草のレナ。
……だが、何も起こらない。そう、何も起こらなかった。
「な、何で……どうして!?」
また目を閉じて、レナは震える手でティアンを抱き寄せる。
……だが結果は同じ。彼女の体が淡い光を発することも、ティアンの体が治ることもなかった。
「そんな……ッ!? どうして……何でなの? なんで……ッ!」
レナは唇を噛んで苦悶する。
……立て続けの連続使用ができないのか、それとも日時制限などがあるのか。
ラルフもその理由を知る由はなかったが、少なくとも今のレナはラルフを助けたように治癒の奇跡の力を使うことができないようだった。
「……もう、いいよ……俺のことは。そ、それより……し、師匠……ッ」
そんなレナを宥めるように話して、ティアンが何とか首を回してラルフの方を見てきた。
「何だ」
相変わらずの感情を排したような顔で聞き返すラルフに、なぜかティアンは小さく笑みを浮かべた。
「ハ、ハハ……やっぱ、こんなときでも……師匠は、師匠ッ」
そう話したティアンは、最後には大きく咳き込んで吐血を繰り返す。
「もう喋らないで!? このままじゃ、ティアン……ッ!?」
慌てたレナの静止の声にも、ティアンはまたラルフの方を見て途切れ途切れの声で話を繋げてきた。
「師匠……あの、剣……」
ティアンの目線が向く先には、例のラルフから貰った剣が床に転がっていた。
「あれ……師匠に、返すよ……俺には……やっぱ、まだ早いや……」
「……ティ……アン?」
焦りと不安に塗り潰されたレナの細い声がティアンを呼び掛ける。
だがティアンの目はもうレナの姿もラルフの姿も映してはいなかった。焦点の合ってない少年の目が宙を彷徨う。
「あぁあぁ……俺も……師匠、みたいに……強く、なりた……かっ……」
そう呟き、少年は静かに目を閉じる。そしてそれっきり、もう動かなくなった。
「ティアン……? ねぇ、ティアンったらっ! ……返事して、ねぇ!?」
大粒の涙がレナの頬を伝って流れ落ちる。
いくら揺すっても何の反応も返さない少年を抱きしめ涙する彼女に、剣を拾って戻ってきたラルフが言ってきた。
「ここから出るぞ。もうじき壊れる、この家は」
ラルフの言う通り、もう火は手が付けられないほど家全体に燃え移っていた。
室内は黒い煙と飛び散る火花で目を開けているのさえ困難になりつつあった。
「…………っ」
だがレナは返事をするわけでも、立ち上がるわけでもなく、その場でへたり込んで涙を流しているだけだった。
それを見たラルフは軽く溜め息をつき、彼女の腕を掴み強引に立ち上がらせた。
「ほら、立てっ」
何とかレナを立たせたラルフは、ほぼ引きずるようにして彼女を家の外に連れ出す。
そして二人が外に出てくると同時に、屋根の一角が崩れて家の出入り口を塞いだ。
「えっ、そ、そんな……ッ!?」
急に我に帰ったレナが、そのまま炎と瓦礫で半分以上塞がっている家の中に入ろうとする。
だがラルフがまたそんな彼女の腕を掴んできた。
「どこへ行こうとする」
「は、離して! 中に……あの中には、ティアンと村長が……ッ!? 離してっ!?」
自分の腕を掴むラルフの手を、何とか振り解こうと暴れるレナ。
そんなレナにラルフは静かに現実を告げる。
「あの二人は死んだ。……今さら戻っても、どうにもならない」
「……そん、な…………死ん、だ……? そんな……ッ」
錯乱したように頭を抱えてその場に崩れるレナをラルフが受け止める。
その時、遠くの方から声が聞こえてきた。
「いたぞ――っ! 上の方だ!!」
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