第37話 『足りなかったこと』

「今度は、俺が守るんだ……俺が……ッ……俺がッ」


 誰にも聞こえない声で小さくそう呟き続けるティアン。

 一方で、鎧の男は何の脅威もないと思っていた相手から、急に出てきた得物に一瞬足を止めた。


「くそっ、このガキ……一体どこから」


 鎧の男が一瞬躊躇っていると、ティアンは声を張ってその男を睨み付けた。


「近づくな! それ以上近づくと……本当に斬るぞ!?」


 だが鎧の男はすぐ平常心を取り戻して、むしろ馬鹿にするかのような態度でティアンを見下す。


「どこからそんなもん持ち出したか知らんが……なに生意気なこと言ってるんだ、ガキが。……手と足が震えっぱなしじゃねぇかっ!!」


 その言葉と共に剣を大きく振り回す鎧の男。

 ティアンはレナを横に押しのけて、相手の剣を自分の剣で受け止めた。


 ――カ――ンッ!!


 剣と剣がぶつかり合いながら火花が散り、金属音が部屋中に響き渡る。

 そしてティアンは男の腕力に簡単に押し負けて後ろに吹き飛ばされた。


「へっ、剣を手離さなかったのは誉めてやるがよ……これで終わりだっ!」


 剣を握り締め、何とか立ち上がろうとするティアンに鎧の男が真一文字に剣を振る。


「うわっ!?」


 また剣を受け止めるのは難しい……咄嗟にそう判断したティアンは頭を下げて横に飛ぶ。

 頭上を通る風きり音にティアンの頭から脂汗が流れ落ちる。


「避けるんじゃねぇよ、ガキがっ!」


 すぐ追撃してくる鎧の男の剣を、また転がるようにして避けるティアン。

 そうやって一撃、また二撃、続けざまに剣をかわす。


「いい加減くだばれッ!!」


 その動きに苛立って男の動きが段々単調に、そして大振りなっていく。

 上段に構えて力任せに振り下ろしたその剣を、ティアンは床にしゃがみ込むようにして何とか避けた。


「くっそ……あ、あれ?」


 悪態をついていた鎧の男が一瞬慌てる。

 ティアンの頭の真上にある壁に深く突き刺さった男の剣が、すぐには壁から抜けなくなっていたのだ。


「……ッ!? 食らえぇぇぇ――っッッ!」


 その瞬間、待ちに待った機会にティアンは体を起こしながら思いっきり剣を振った。

 焦る鎧の男……その胸元にティアンの剣が迫る。


 ――カカ――ンッ!!


「…………っ」


 だが、その剣は男が着ていた鎧に阻まれた。

 鎧を貫くには、ティアンの振るった剣はその鋭さも力も不足していたのだ。

 そして鎧の表面を滑るように横へ流された剣は、鎧の繋ぎ目……男の脇の部分を少しだけ斬って終わってしまう。


「くっ……この、クソガキーッ!?」


 一方、血を見て興奮した男が顔を真っ赤にして血走った目をティアンに向ける。

 そして壁に刺さった剣を手放し、半座りの体勢になったティアンを足で蹴り飛ばした。


「カハ――っッ!?」


 蹴られて吹き飛んだティアンが腹を押さえて寝転ぶ。

 そこにすかさず第二、第三の蹴りを入れて鎧の男が悪態をつく。


「生意気な、クソがっ、死ね、死ね、死ね――っ!」


 大の男の、しかも厚く重い軍靴で蹴られ続け、ティアンの体がまるで道端の石ころのように床に転がる。

 もう大分前に抵抗らしい抵抗をなくして動かなくなったティアンを、それでも鎧の男は蹴り続けた。


「止めて……ティアンが死んじゃうよ! だから止めて――っ!?」


 レナが男の足にしがみつく。だがそれが逆に男をもっと逆上させる結果となった。


「うるせぇ――っ! 邪魔するんじゃね! てめぇは後だ!」


 鎧の男はレナを強引に引っぺがして彼女をも蹴り飛ばす。

 床を転び、吐き気を催す腹を押さえて、レナは何とか顔を上げてぼやけた視界でティアンの方を見る。

 そこには興奮した鎧の男がまたティアンに蹴りを入れている姿があった。


「止め……て……やめて、ください……」


 だが力を振り絞って出したレナの途切れ途切れの声は、その鎧の男には聞こえてはいなようだった。


「何を遊んでいる、まだ終わってないのか?」


 その時、家の外から別の男の声がしてきて、ティアンを蹴っていた男の動きが一瞬止まる。

 家の外には、最初に鎧の男と一緒に来ていたもう一人の男が立っていた。


「あ、ああ……すまん。このガキがだな……」


 少し冷静さを取り戻した男が言い訳しようとすると、外にいる男はその言葉を遮って言ってきた。 


「上の小屋は誰もいなかった。お前もさっさと終わらせろ、本隊と合流するぞ」

「ああ……わかったよ」


 そう話して、外にいた男は何かのガラス瓶のようなものを無操作に家の中に投げ入れた。


 ――ガシャン!


 床にぶつかったそれは、ガラスの割れる音を出して壊れる。

 その中から飛び散った液体から、鼻を刺激する油の匂いが家の中に漂い始めた。


「俺は他のやつらを集めてくる。お前も早く片付けろ」


 外の男は最後にそう言って、家の中に火のついた松明を投げ入れる。そしてまたどこかへと姿を消した。


「ガキは……死んでるか」


 燃え広がる火花の中で、鎧の男は自分の足元で動かなくなったティアンを見てそう呟く。


「そ……んなっ、ティアン……っッ!?」


 レナは這いずるようにしてティアンの方に行こうとすると、鎧の男がレナの方に振り返ってきた。


「まあ、そういうわけだ」


 そう言った鎧の男は、壁に刺さっていた自分の剣を抜き取ってレナの方にゆっくり歩いてきた。


「すぐお前もこいつらと同じところに送ってやるから、安心しな……っ!」


 そう言って剣を振り上げる男。レナは仰向けで倒れている村長と、ぐったりして動かないティアンの姿を目に収める。

 そして目を閉じ、今もっとも会いたい人の名前を呟いた。


「ラルフ……おじさん……ッ」


 そうやって一秒、二秒、また三秒と……時間が過ぎても、周りからは何かが燃える音以外何も聞こえてこない。

 レナは恐る恐る目を開けて上の方を見上げる。

 

 そこには彼女に剣を振り下ろそうとして、時間が停止したかのように固まっている鎧の男の姿があった。

 ただその顔は苦悶で歪み、その腹には後ろから貫かれた剣の剣身が抜き出していた。


 ――スルルッ。


 その男を貫いた剣が徐々に抜き出される。それと同時に鎧の男は手から剣を落とし、口からは血を吐き出す。


「クハアァァッ!?」


 完全に剣が体から抜けると、男は支えをなくしたオブジェのように床に突っ伏す。そしてその後ろには、剣を手に持ったラルフが立っていた。

 倒れた男を一度見て、彼がレナに言ってくる。


「……遅くなった」

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