第36話 『今度こそ』
ラルフの小屋にリックが訪ねてきた時に遡り――その時刻、村長の家。
遅い夕食後、居間で本を読む村長にお茶を淹れ直したレナが自分の部屋に戻ると、そこではティアンが何故か一人芝居に勤しんでいた。
「この剣はお前にやる……」
似合わない低い声を出してそう喋ったかと思うと、今度は反対側に回り、恭しく剣を受け取るふりをする。
レナは少し引きずった声でティアンに話しかけた。
「……なに、やってるの?」
「うわあっ!?」
相当夢中でやっていたらしく、跳ねるように振り返ったティアンは相手がレナだと分かると大きく溜め息を吐いた。
「なんだ、レナか……脅かすなよな。それと、部屋に入る前はノックするのがマナーだろ?」
「いや……ここ、私の部屋なんだけど」
そう言ったレナは、口元を隠して小さく欠伸をする。。
「もう時間も遅いし、ティアンもそろそろ帰って寝たら? 私、眠いんだけど」
「分かったよ……もう少しいたら帰るよ」
ぶっきらぼうにそう答えるティアン。レナは内心、今すぐは帰らないんだって苦笑する。
「何なら久しぶりに一緒に寝よっか?」
ベットに座ってレナがそう聞くと、ティアンは慌てて言い返す。
「ばっ、馬鹿を言うな! 何言ってんだよっ」
「もう、昔はよく一緒に寝たじゃない。……あ、もしかして、恥ずかしいんだ?」
からかうレナの言葉にティアンは顔を赤らめた。するとレナは自分の横のシートを軽く叩いてティアンを手招きする。
「それじゃ、お話でもしようっか?」
「……何だよ、急に」
いつもなら一度は突っ撥ねるところを、今日のティアンは素直にレナの隣に腰を落した。
そうやって二人ベットの上で並んで座り、しばらく言葉を交わすことなく時間が流れる。
「それ、そんなにいいの?」
今も尚ラルフから貰った剣を大事そうに抱えているティアンを見て、ふとレナがそう聞いてくる。
「勿論それもあるけど……これはラルフ、いや……師匠から貰ったものだからな。それに剣術のことも……やっと認めてもらった気がして、特にな」
顔を綻ばせてそう話すティアン。
レナが思うに、ラルフはティアンを認めたというより、危なっかしくて面倒を見ようとの理由が大きいと思ったけど――喜んでいるティアンに敢えて水を差すようなことは口に出さなかった。
「……ラルフおじさんの事、好きなんだ?」
その代わりにレナがそう聞いてみると、ティアンは真面目な顔で大きく頷く。
「ああ……好きというより、ラルフ……いや違った、師匠の事は尊敬してる。俺もいつか、ああいう男になりたい!」
またわざわざ師匠と呼び直してティアンがそう語る。
それを聞いてレナは小さく微笑みを浮かべた。
「そういうレナは、どうなんだよ?」
「えっ、私?」
急に聞き返されて、レナは少し戸惑う。
そんな彼女にティアンが怪訝そうな顔で言葉を重ねた。
「前々から気になってたんだけど、師匠の事……なんで、おじさん呼ばわり? 師匠って、どう見てもリックの奴と同じくらいか……ひょっとしたら、もっと若いかもしれないのにさ」
「それは、まあ……頼りがいがあるから?」
曖昧に笑ってそう答えるレナに、ティアンは納得がいかないという顔で話した。
「なんで疑問形なんだよ……いや、まあ確かにリックなんかよりずっと大人だけどさ。それでも、おじさん呼ばわりはちょっと酷くないか? ……なんか他に理由でもあんの?」
食い下がるティアンに、レナは困った顔で髪を弄りながらよく聞き取れない小さな声で言ってきた。
「うん…………何となく、だけど。似ている気がするから……かな」
「似てる? ……誰と?」
首を傾げて聞き返すティアンに、レナは唇から舌を出して言った。
「内緒」
「えっ、何だよー、気になるじゃないか……教えろよー!」
面食らった顔になったティアンが、レナに迫って問い詰めてくる。
「いや、内緒は内緒なの」
「あっ、ずるいぞ、レナ! 俺だけ喋らせて、早く言えよー!」
そうやって二人がじゃれ合っている最中、急に居間の方から大きい物音がしてきた。
「……何の音だろ? 何か落ちたのかな」
レナが居間の方を見てそう呟く。すると、ティアンがベットから起き上がって言ってきた。
「とにかく、出てみようぜ?」
そして二人が部屋から居間の方に出ると、大きく開き切った家の扉前に黒い鎧を着た背の高い二人の男が立っていた。
「何なんだ、お前たちは! どこから入りおった!?」
いつも温和な表情を崩さない村長が、その男達に対しては露骨な嫌悪の色を隠せてないまま怒鳴る。
「……村長? ……その人たちは?」
そのただならぬ雰囲気にレナが心配げにそう聞くと、村長は少し焦った顔になってレナ達に言ってきた。
「レナ、ティアン、お前たちは部屋に戻ってなさい……ッ」
そう言った村長はまた黒鎧の男達と対峙して声を荒げる。
「さっさと出て行かんか! 土足で人の家に上がり込みおって、恥を知れッ!」
だが二人の男は村長の怒鳴りにもニヤニヤと笑うだけで、何か言い返すわけでも、かといって家から出ていくわけでもなかった。
「老いぼれが一人に……ガキが二人か。へぇ……こんな寂れた村にもガキってあるんだな」
二人の男の中で一人の、筋骨隆々な方の男がそう話すと、もう一人の男も軽く家の中を見回して言ってきた。
「……俺は上にいる小屋の方に行く。ここは任せるぞ」
「ああ、任せな」
そう言って一人の男はそのまま家を出てどこかへと行ってしまう。残った男に村長がまた怒声を上げた。
「お前たち、この村で一体何をしているのじゃ! 早々に出て行け!」
だが今度もその男からの返事はなかった。その代わり、腰に差した剣を鞘から抜き取って頭の上に構える。
そして――そのまま剣を振り下ろした。
「えっ……」
縦に伸びる剣筋が光る。その光景が周囲から音を奪い、やたら遅い速度でレナの目に焼き付く。
次の瞬間、村長は何一つ声すら出せず血飛沫と共に仰向けて床に倒れた。
「そん……ちょう……?」
徐々に広がる床の血溜りが、現実感を失いレナの思考を麻痺させる。
それを現実に引き戻したのは黒鎧の男の声だった。
「うるさい爺は片付いたし、後はガキ二人か。子供を手に掛けるのは気が進まねぇが、まあこれも仕事なんだ。……悪く思うなよ?」
言葉とは裏腹に、口の端を吊り上げて男はレナとティアンにゆっくりと近づく。
「そ、村長――ッ! 村長!?」
倒れた村長に駆け寄ろうとするレナの腕をティアンが掴んで止める。
「何してるの!? 村長が……村長がッ!?」
だがティアンはそれに答える代わり、レナを後ろに引かせて前に進み出た。
「ほう、何だ何だ? 一丁前に格好つけてよ……」
へらへら笑いながら近づく鎧の男。ティアンはラルフから貰った剣を鞘から抜き取って、男に向けて構えた。
「今度は、俺が守るんだ……俺が……ッ……俺がッ!」
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