第24話 『誰かの為の強さ』
朝方には雨も止んで、日が昇るとすっかり晴れ明けた空模様になっていた。
窓から朝日が差し込み、空気の中に湿った木造の建物が乾くときにする独特の匂いが混ざる。
そしてラルフが畑で使う農具の手入れをしていた時だった。
小屋の扉が勢いよく開かれ、そこからどこか緊張した顔のティアンが中に入ってきた。
「……ラルフ!」
つかつかと大足で歩いてきたティアンが、ベットに座っているラルフの前に立つと、彼を正面から見据えて言ってきた。
「今日は、ラルフに頼みたいことがあるんだ……」
いつになく真剣な顔でそう話すティアンに、ラルフが聞き返す。
「何だ?」
「……俺に、俺に剣術を教えてくれ!」
少しの躊躇いの後、大声でそう言ってきたティアンの顔を一度見たラルフは、視線を落して再び農具の手入れに戻った。
「俺に剣術を教えてくれ、ラルフ! 俺もラルフみたいに強くなりたいんだよ! だから頼むよ、ラルフ……いや、師匠!!」
続けて頼み込んでくるティアンに、ラルフは手を止めて溜め息をつく。そして顔を上げて話した。
「誰かに何かを教えるのは苦手だ。他を当たれ」
そんなラルフの拒絶の言葉に、ティアンは握り拳のまま顔を落して、絞り出すように話し始めた。
「俺……大きくなったら、冒険者になりたくって。だから毎日素振りとかしてて……でもこの前、猟について行った時も何もできなくって……それに、昨日もっ! 昨日も……大声だけ出して、あんな奴らが凄んだくらいで怖くて、何も……何も、できなかったっ」
震える肩で悔しそうにそう話したティアンは、やがて顔を上げて叫ぶように言ってきた。
「だから! ……だから俺もラルフみたいに、人を守れるくらい強くなりたいんだ! だから、お願いします……ッ!」
そう言って頭を下げるティアン。
それを少しの間見ていたラルフは静かに話した。
「……お前が強くなったところで、誰かを守れはしない。自分の身を守るのが精々だ」
そしてラルフはティアンから視線を外し、止めていた手を動かし始めた。
「帰れ」
もう話は終わったと言わんばかりに見向きもしないラルフに、ティアンが再びその名を叫ぶ。
「……ラルフ!!」
それでもラルフは返事の代わりに、ただ無言で農具の手入れを続けるだけ。
やがてティアンは沸き起こる感情に耐え切れず、その場を蹴立てて走り出した。
「ラルフの、バカ野郎――っ!!」
乱暴に開かれた扉が壁にぶつかり、半分開いたままの状態で止まる。
ラルフはティアンが出ていた方を一瞬だけ見つめては、また自分の作業に戻った。
……そしてしばらく時間が経ち、手入れ作業も終わりが見えてきた頃。外から近づく足音にラルフは顔を上げた。
「あれ? 扉が開いてる……」
そう言って中に入ってきたのはティアンではなく、レナの方だった。
「……今度はお前か」
「え? うん、私だよ? ……何かあったの?」
怪訝そうに首を傾げるレナに、ラルフは軽く溜め息をついて手入れの終わった農具を片付ける。
「いや、何でもない。それより何の用だ?」
「あ、うん……実は昨日のこと、村長から聞いたから」
昨日は報告もそこそこに、レナとは顔を合わせることもなく家に戻ってきた。
そして事件があった時にレナは畑にいて、それらの状況を直接見ていたわけじゃない。
「だから一言、言いたくて。……ありがとうね、おじさん」
少しもじもじしながら照れくさそうに話すレナに、ラルフはベットに腰を落して聞き返した。
「何のことだ」
「村の人たちを……ティアンを助けてくれたでしょ?」
そんなレナの話しに少し眩暈を感じて、ラルフは片手で自分のコメカミを押さえた。
「中には怖がってる人もいるけど……私はおじさんの事、信じているからね!」
意気込みながらそう話すレナに、ラルフは再び溜め息を吐いては言い返した。
「勝手に人を信じるな。……痛い目を見ることになる」
「知らない人じゃないから平気だよー。それに、おじさんが村を助けてくれたのは事実でしょ?」
ニコニコ笑いながらそう言ってくるレナに、ラルフは少し口調を強めて話した。
「それは違う。それこそ、俺の勝手な都合でそうしただけだ」
「でもそのお陰で、村の人たちは助かった……だから、ありがとうね、おじさん」
そう言って屈託のない顔で笑うレナを見て、ラルフもそれ以上は口を閉ざすしかなかった。
「……勝手にしろ」
言い捨てるようにそう話して視線を外すラルフを、レナは相変わらずニコニコしながら見つめる。やがて彼女は身を翻して歩き出した。
「それじゃ、私は帰ってご飯の用意しておくから、ちゃんと後で来るんだよ? 昨日みたいに欠かしちゃ駄目だからね?」
そう言い残して、そっと扉を閉めてレナは出て行く。
規則正しい、それでいて少し軽快な感じの足音が徐々に遠くなって終に聞こえなくなると、ラルフはベットの上に体を寝かせた。
「…………やはりここは、平和すぎる」
窓越しに見える青空に浮かぶ雲を眺めて、ラルフは一人そう呟いた。
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