第23話 『リフレイン』
『…………突破された……時間の問題……既に………ご避難なされ……』
――声が聞こえる。
だがそれは酷い雑音を伴い、かつ途切れ途切れで上手くそれを拾えない。
地面から足が浮いているような、ふんわりとした浮遊感。
視界もぼやけて周りが黒く塗りつぶされ、状況の把握が極めて難しい。
それはまるで自分の四肢がなくなって、意識だけが漂っているような不思議な感覚だった。
『近衛騎士団は…………追従……、……今残っているのは……だから…………』
その吐き気を誘う気持ち悪い感覚に慣れてくると、視界も音も徐々にではあるが段々と鮮明になっていく。
やがてそれは、はっきりとした形で認識可能なものへと変わる。
『クソッ! 帝国め、あんな怪物まで持ち出してくるとは!』
『よりにもよって、筆頭が不在の時に総攻めを仕掛けてくるなど……』
回復してきた視界で改めて周辺を見渡す。
……室内の広い会場には、純白の鎧を身に纏った多くの人達が一堂に会していた。
壁際に並ぶ篝火とその装飾具合から、ラルフは自分が今見ているその場所の検討がつく。
――それはまさしく、王都サリエンが陥落した日、その最後の夜……王宮の騎士団詰所での出来事だった。
『今さらそれを言っても仕方あるまい! 我らはただ、自分のすべきことをするだけだ』
一人の騎士がそう言い出すと、壇上に立っていた騎士が集まった他の騎士達に向けて力説する。
『その通りだ! 殿下と王子が無事脱出しグローム騎士団と合流するまで、我らで必要な時間を稼がなければならない。そしてこの王都サリエンを、下劣な帝国の犬共にみすみす渡すわけにはいかん……決死の覚悟を以って、我ら騎士団は最後の一人まで戦い抜く!』
『おおおおおぉぉぉぉ――っッ!!』
会場を埋め尽くす雄叫び。ある者は使命感に、ある者は悲壮な決意に、またある者は憎しみに燃えて鬨の声を上げる。
……そして王都に残った騎士の大半が集まったその場所でたった一人、その人並みを掻き分けて出口へと向かう白髪の青年がいた。
『……どこに向かわれるのだ、ラルフ卿!』
壇上にいた騎士がいち早くそれに気づき、青年を呼び止める。
それで周りもその不自然な動きに気づき、一瞬にして会場が静まり返る。そして青年もまた足を止め、ゆっくりと半身を翻した。
『……死にたい奴らは勝手に死ね。俺は辞退させてもらう』
ラルフは今まで以上に強い吐き気を感じた。自分自身の姿を第三者として眺めるのは、どうしようもなく酷い不快感を催していた。
そして……そう言い残して会場を出ようとするラルフの前を、他の騎士二人が塞いできた。
『何を言うか! 卿はこの国を……王都にいる数多の民を見捨て、自分だけ助かろうと言うのかッ!?』
『……そこを退け』
道を塞ぐ騎士の一人が忌憚してくるが、ラルフは何の言い訳も弁解も述べることなく静かにそう告げた。
『臆病風に吹かれたか……! ラインハルトの名を冠する者として恥ずかしくないのか、貴様!』
もう一人の騎士もラルフに指を差して非難する。その騎士達から目を逸らさないまま、ラルフは淡々とした口調で話す。
『これが最後だ、そこを退け』
『何だと……!? 所詮は庶民の出、この期に及んでその浅ましい地が出たな!』
そして続けさまにラルフをなじる騎士達の言葉を遮り、神速の剛剣が二つの軌道を宙に描く。
……次の瞬間、ラルフの前を塞いでいた二人の騎士は鎧ごと断ち切られ血飛沫と共に床に沈んだ。
ゆっくり剣を降ろすラルフ。篝火を反射し鈍く光るその剣身を伝って赤い血が流れ、切っ先に溜まって床へと落ちる。
その一瞬の出来事に唖然として静まる会場……その沈黙を破ってラルフが言った。
『……俺は生きる。その邪魔をする者は全て、俺の敵だ』
その言葉を皮切りに、止まっていた時間が急激に動き出した。
『乱心したか、ラルフ卿!? 何てことを……ッ!』
驚愕の声が会場内を飛び交う。そして壇上の騎士が怒気で震える声で号令を出す。
『今すぐあの裏切り者を捕らえろ! 帝国の前に、我らリヒテ騎士の恥を雪ぐのだっ!』
その声と共に、瞬く間にラルフの周りを他の騎士達が取り囲む。そしてそれぞれ武器を構え、じりじりとラルフとの距離を詰めてきた。
『…………』
それをゆっくり見回しながら、ラルフもまた剣を持ち上げて構えを取る。
そして、襲い掛かる騎士達が眼前まで迫ってきたとき――ラルフは目を覚ました。
「はあはぁはあはあはぁ…………っッ!?」
跳ねるようにベッドから身を起こすと、額から冷えた汗が流れ落ちる。
苦しくなった息を整えながらラルフは一人呟いた。
「俺は……いったい」
徐々に思考が正常に働き始める。
結局あの死体を埋葬した後、村長に軽く報告を済ませたラルフは、自分の小屋に戻ってそのまま眠りについていたのを思い出す。
「…………雨、か」
何かが窓を叩く音に視線を向けると、いつの間にか外は大雨になっていた。太い雨粒が絶え間なく窓にぶつかり、また弾けて飛び散る。
しばらくの間、ラルフは無心でそれを見つめていた。
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