第22話 『相容れぬモノ』
「んで……ど、どうするんだ、あれ?」
リックがうんざりとした顔で辺りに散乱した死体を見渡してそう聞いてきた。
「村長が言った西の丘ってのは、ここから遠いのか?」
「あ、いや……森に入ってすぐの所にいるよ。でも……だからって、あれを手掴みで運ぶのは」
ラルフの質問に答えながら、リックは周辺に転がっている人の腕や頭部を見て顔をしかめる。
「何か荷を運べるものが必要だ。丈夫な袋と、出来れば荷台のようなものがあれば良い」
「そ、それなら屯所の方にいる……から」
ラルフの話に小太りの男がそう答える。
ただ彼の場合、他の自警団の男達より明らかに顔色が悪く、流れる脂汗で髪の端が濡れていた。
「まあ……気は進まないけど、やるしかないか」
金髪の、最初に村長に話しかけた例の男が溜め息を吐いてそう呟く。そして他の二人とラルフの方を見て言ってきた。
「そうと決まれば早く取りに行こうぜ? こんなものいつまで見てると、気が滅入って晩飯が喉を通らねぇからな」
それで自警団の三人とラルフは、彼ら曰く屯所と呼んでいる建物へ向かう。
村の入り口から続く森に入ってすぐ、狭い通り道の横に立てられた木造の建物が見えた。
それは確かにティアンの言う通り、屯所というより山小屋と呼ぶ方がしっくりくる形の建物だった。
「うぉっと」
その小屋の門を開けてすぐ、最初に中に入ったリックが足元の酒瓶に引っかかって、それを蹴ってしまう。
そして転がった酒瓶が、また無造作に床に置かれた他の酒瓶とぶつかって硝子の割れる音がしてきた。
「おい、ダニエル……入り口に酒瓶を置くなと、いつも言ってるだろ」
リックの言葉に、ダニエルと呼ばれた金髪の男はバツが悪そうに頭を掻きながら中に入ってくる。
「すまんすまん。というより、今日はそれどころじゃなかったからなぁー」
「……そんなことより、必要なものを探したらどうだ?」
「あ、ああ……そうだな……」
その二人のやり取りを遮ってラルフがそう告げると、自警団の男達はすぐ奥の部屋で荷台や大きい穀物用の袋などを持って戻ってきた。
そして――それらを持って広場に戻ったラルフ達は、死体を袋に入れて荷台の上に乗せる。
その作業の途中で、小太りの男がラルフに吹き飛ばされた盗賊の頭部を拾い上げる最中、耐え切れず盛大にゲロをぶちまけた。
やがて何とか作業を終えたラルフ達一行は、荷台を引き墓地があるという西の丘へと向かう。
「それにしても傑作だったな、ロビンのゲロ! 涙まで流して、実は下の方も漏らしたんじゃないのかぁ~?」
墓地に向かう山道を歩く途中。
もう死体は袋に詰められ、それにある程度慣れてきたのもあるのか、ダニエルが思い出し笑いを噴き出してそう言ってきた。
「や、やめろよ……。あんまり思い出させるなよ……夢に見そうだから」
未だショックが抜け切れてないのか、ロビンって呼ばれた小太りの男は弱々しい態度で抗議する。
そして荷台を引いて先頭を歩くリックがそれらを宥めた。
「そうだぞ? あんまりロビンをからかうなよ。……それにしても、今日は本当散々な日だったな」
「まったくだぜ……やっぱこういう日はよ、酒飲んで全部忘れて寝るに限る! 今日は頭がぶち切れるまで飲ませてもらうぜ!」
そう言ってへらへらと笑いながら意気込むダニエルに、リックが苦笑いを浮かべて突っ込みを入れる。
「お前は今日じゃなくても、いつもそう飲んでるじゃないか」
「そ、そうだな……でも、僕も今日は飲まなきゃ眠れそうにないよ」
ロビンがそう同意してくると、ダニエルが意地の悪い顔で言ってきた。
「おいおい~、酔ってまたゲロとか吐くんじゃんぇぞ?」
「うう、もういい加減にしろよな……っ!」
そう言って笑い合う自警団の三人。その姿を見て、ラルフは彼らに対してずっと思っていた疑問を投げかけた。
「……お前たちは何故、あんな盗賊紛いな連中を村に入れた」
そのラルフの問いに、さっきまで和気藹々だった彼らの話し声がぴったりと止まる。そして恐る恐るラルフの方を見てきた。
「そ、それは……」
口ごもり答えあぐねるリックを凝視するラルフ。それに痺れを切らしたのか、ダニエルが言ってきた。
「だってよ、あいつら武器持って脅してきたんだぜ? 仕方ないだろ!」
「……そんな奴らから村を守るのが、自警団の仕事じゃないのか?」
「く……っッ!」
静かに、そして淡々と告げるラルフの言葉に、ダニエルも咄嗟に反論できず口を閉ざす。
少しの沈黙の後、ロビンが絞り出すように話してきた。
「仕方ないよ……僕たち、武器とか全然持ってないし……あるのは精々が木剣くらいだから」
そんな自警団の男達の反応を見て、ラルフは軽く溜め息をついた。
彼らの態度から見て、もし彼らにまともな武器があったとしても結果はそう変わらないというのがラルフの正直な感想だった。
「じゃさ、ラルフ……だったよな? お前、俺らと歳も近いようだし、お前も自警団に入らないか?」
「な、何を言い出すんだよ、ダニエル!?」
その提案に一番驚いて反応したのはリックだった。
「だってラルフって強いしさ、自警団に入ってくれれば色々心強いだろ?」
「いや、それは…………。と、とにかく、僕は反対だ」
ダニエルとラルフを交互に見て、リックが難色を示す。
「いやいや、強い奴が自警団に入ってくれば、俺らへの風当たりもよくなるし、麓の方でも威張ることができる……良い事尽くめだろ? なんで反対なんだ?」
理解できないといった様子で話していたダニエルは、すぐいやらしい笑みを浮かべてリックの顔を見てきた。
「ははん……わかったぜ? リック、お前……最近レナがラルフにぴったりだから面白くないとか言ってたよな。それで反対なんだろ?」
「ち、違う、俺は……っ!?」
うろたえ慌てるリックを無視して、ダニエルが再びラルフに話を振ってきた。
「どうだ、ラルフ。俺らと一緒に自警団やらないか? こう言っちゃ何だけど、自警団は良いぜぇ? 倉庫の鍵も預かってるから、酒とかも飲み放題さ! 毎日せっせと畑に出て苦労するより、月に一度麓の村に行って来るだけでいいからなぁ」
そこからさらに続くダニエルの言葉を遮り、ラルフが言った。
「悪いが遠慮する」
そしてラルフはリックに荷台を引けと視線を送る。再び動き出す一行、そこにダニエルの慌てた声が飛び出た。
「いやいやいや、人の話は最後まで聞けって! 麓の村に行けば、一応ちゃんとした酒場もあるし、夜になると近くの町から出稼ぎに来る女もある。運がよけりゃ一晩しっぽりできるんだぜ?」
「ぼ、僕はそんなところ一度も行ってないからな」
そのダニエルの話に、なぜかリックがラルフの方を見てそう弁解してくる。そしてラルフは内心で溜め息をついた。
この自警団の男達と荷台に乗っている屍の間に、その実どれくらいの差があったのか……甚だ疑問に思えた。
「だからさ、ラルフもうちの自警団に……」
「遠慮すると言った。二度言わせるな」
その間にも続くダニエルの勧誘を、ラルフはきっぱりと切り捨てる。それでようやく諦めたのか、ダニエルが不満げに一人呟く。
「何だよ……感じ悪ぃな」
そうこうしている間に、ラルフ達は森を抜けて開けた場所へと出た。
そこには多くの石碑が立っていて、その先は見晴らしの良い崖になっていた。
「……あの端の方にしようか?」
リックが辺りを見渡して、村人達の墓がいる場所から少し離れた場所を指定してきた。そしてラルフ達は気まずい沈黙の中、黙々と地面を掘る作業に取り掛かる。
そして死体を埋めて、森を抜け村に戻ってきた頃にはもう夕方に差し掛かった時間帯になっていた。
それまですっかり口数の少なくなった一同は、ラルフは村長宅の方に、自警団の男達は屯所の方にと、それぞれの道に分かれる。
そして別れ際、ダニエルがラルフに言ってきた。
「ラルフ、お前……他所から来たなら、あまり俺らの村で勝手な真似はするなよ? 所詮お前は他所もんだからな」
「お、おい、ダニエル……っ!」
そんなダニエルの口を慌てて塞ぎ、逃げるように立ち去るリック達を見向きもしないで、ラルフは村長の家へと歩き出した。
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