第21話 『怒りの理由』

 ――ラルフがそう見切りをつけ、その場から踵を返した時だった。


「ふざけるな!!」


 背中から聞こえた、まだ変声期を過ぎてない少年の甲高い声。ラルフは振り返って声のした方に視線を向けた。


「勝手に村に入ってきて、好き放題しやがって……何なんだよ、お前たちはっ!?」


 怒りに震える声で鎧の男達を睨みつけているのは、他でもなくティアンだった。

 そして自分達に人差し指を突きつけ怒鳴る少年に、鎧の男達の中から一人が手に剣を持ってその場から立ち上がる。


「何だ何だぁ……? 鼻垂れ坊主が、俺たちに文句でもあるのかよ?」


 その男は軽いノリで、へらへらと笑いながらティアンに近づいてくる。だが男の目は決して笑ってはいなかった。


「お前たちみたいな……お前たちみたいなのが、王国の兵士なもんかっ! 早くここから出でけっ!」


 ほとんどヤケクソ気味でそう叫ぶティアンに、例の男は軽く肩を竦めて言ってきた。


「おいおい……俺たちはな、あの栄えあるラインハルト騎士団の、しかもルイス団長直属の部隊にいたんだぜ? それを言うに事欠いて……なんと言った、ガキ」


 最後はドスの効いた声で見下ろしてくる男の視線に、ティアンは思わず体を縮ませ後ずさりする。


「そんな生意気なガキには、お仕置きが必要だなぁ……?」


 そう言って凶暴な笑みを漏らす男を相手に、ティアンの体が震え出す。そして段々と近づく二人の間を――ラルフが割って入ってきた。


「え? ……何だ、てめぇは」


 急に出てきたラルフを訝しげに見る鎧の男。その反面、ティアンの顔が急激に明るくなる。


「ら、ラルフー!」


 後ろで自分の名を呼ぶティアンを横目で見て、ラルフは正面の男と向き合った。


「何だてぇめは? 急にしゃしゃり出てきて、邪魔するんじゃねぇよ!」


 そう怒鳴りつける男を、ラルフは冷ややかな目で凝視する。そして静かに語りかけた。


「お前たち、戦場荒らしだな」

「な、何だと……っ!? な、何を根拠に、そんなデタラメをッ!?」


 うろたえる男の表情と声を聞いてラルフは確信する。

 妙に薄汚れてデコボコな鎧に、いかにも柄の悪そうな言動。そしてさも当然のように物を強請る、正規の軍人にしてはあるまじきその態度からそれは明らかだった。


「……屍に群がる浅ましきハイエナどもが、騎士団を語るとはな」


 戦場荒らしとは、戦闘があった場所で収拾されてない兵士の死体から金品や物を漁り盗む者達のことを示す言葉である。

 軽蔑の眼差しで見つめるラルフの視線に、興奮した男が彼の胸ぐらを掴んできた。


「何だと、てぇめッ! 死にてぇのか!?」


 だがラルフは微動だにしないまま甚く冷たい目でその男を見つめていた。

 そしてとうとう我慢の限界がきた男が手を上げ、ラルフを殴り飛ばそうとした……その時だった。


 ――ラルフの手が相手の男の腰へと伸びる。そして男の腰にぶら下がっていた剣の柄を掴み、そのまま勢いをつけて引き抜く。


「えっ」


 刃物が鞘から放たれる金属の擦れる音と共に聞こえた、男の間の抜けた声。そして次の瞬間、その男の声は悲鳴に変わっていた。


「うああああああぁぁぁッ!?」


 血飛沫と共に宙を舞うのは、男の切断された左腕だった。そしてそれは放物線を描き、たたらを踏みながら倒れた男の横へと堕ちてきた。


「う、腕が……俺の腕が……ッ!?」


 信じられないといった苦悶に満ちた表情で、落ちてきた自分の腕と体の傷口を見比べ喘ぐ男。

 ラルフはその男に向けゆっくりと歩を進めた。


「ラインハルト騎士団の、団長直属の兵なら……俺の顔を覚えているはずだ」


 苦痛にもがく男を、ラルフは相変わらず感情を排した冷たい目で見下ろす。


「そ、そんな……な、何を言ってっ!?」


 訳がわからないと首を横に振りながら涙する男に、ラルフはその男から奪い取った剣を天高く突き上げる。


「ルイス様の名を汚す賊が……万死に値する……ッ!」


 初めて明確な怒りの感情を目に宿し、ラルフはそのまま剣を振り下ろす。

 そしてその男の首が弾け飛び、戦場荒らしの他の仲間達の足元に落ちて転がる。


「き、貴様っ!? よくもーッ!!」


 それでようやく金縛りから解かれた他の男達が各々武器を手に立ち上がる。だが、それはあまりにも遅すぎた。


「カハーッ!?」

「くッ!」


 短い断末魔と共に、二人の男が肩から腹部に至る深い斬り傷を負って倒れる。そして彼らが倒れた場所にすぐ血溜りが広がり始めた。


「ひ、ひいいぃぃ――っッ!?」


 そして残った最後の一人が悲鳴を上げて、地べたを這うようにその場から逃げ出して行く。

 その背中に向け、ラルフは手に持っていた剣を投擲した。


「うぅ……ッ!?」


 正確に鎧の隙間に吸い込まれる剣。

 自分の身に何が起こったが分からないといった様子で、その男は口と背中から血を噴き出して倒れる。それから地面を這って何歩かを進み、やがて糸の切れた人形のように事切れた。

 そして状況が片付いたのを確認したラルフが、ゆっくりと村の人達の方に振り返る。


「……………………」


 ラルフを見る視線の数々。それには恐怖、不安、緊張、恐れ……色んな不の感情が渦巻いていた。

 そんな村人達の反応に、ラルフは首を傾げる。


「す―――っげぇぇぇッ! あいつら全部やっつけるなんて! ラルフって、ほんと凄かったんだな!?」


 握り拳で感極まった顔をしではしゃぐティアンの声が、何とも言えない気まずい空気の中で鳴り響く。


「でも……あいつ、人を殺して……」


 どこか魂の抜けた、ぼーっとした表情で独り語を言うリックの呟きが、ラルフの耳にも入ってくる。

 そしてそれに次ぐ慣れ親しんだ老人の声が広場に木霊した。


「賊はラルフ殿が退治してくれた! まだ自分の仕事が残ってる者もおるだろ……ここは私が引き受ける。だから皆はもう帰りなさい」


 いつの間に来ていたのか、その場で固まっていた村人達を村長が声を張って言い聞かせる。

 そんな村長の言葉に、村人達は後ろ髪引かれる思いをしながらも、渋々とその場を離れていく。


「……すみませんな、ラルフ殿。この村の人たちは……今までこういう光景を見たことがないので、戸惑っているのです」


 粗方その場から村人達が離れていくと、村長が申し訳なさそうな顔でラルフにそう話す。


「……そのようだな」


 ラルフは短くそう答え、改めて広場に転がる屍へと目を向けた。

 ラルフにとってこの光景はある意味ありふれたものだが、こんな外の戦争とは無縁で過ごしてきた山奥の村では村長の言う通り、初めての出来事で戸惑うというのが……納得はできなくとも理解はできる。


「その割りに、あんたはあまり動揺してないようだが」


 ラルフがそう聞くと、村長はどこか遠い目をして乾いた笑みを浮かべた。


「まあ……私も、昔は王国軍に身を置いていましてな。それででしょ……」


 そういえば以前ジョエルから聞いた、村長がこの村に来る前に王国軍の兵士だった話をラルフは思い出す。


「ラルフ殿、重ねて申し訳ないですが……これらの後片付けを頼めますかな。さすがに村の広場でこのまま放置しておくと、色々と問題がありますので」

「……ああ、了解した」


 ラルフが頷いて答えると、ありがとうございますと軽く礼を述べた村長が離れた場所からこっちを盗み見ていた若い男達を手招きする。


「お前たち、こっちに来て片付けるのを手伝いなさい!」


 自分達が呼ばれると思ってなかったのか、その男達三人は互いに顔を見合わせる。そして引きずった顔でぞろぞろと近づいてきた。


「な、なんすか、村長」


 男達三人の中の一人がそう聞いてくる。だが彼の視線は村長より、明らかにラルフの顔色の方を窺がっていた。


「お前たちもラルフ殿と一緒に、あの死体らを西の丘に埋葬してきなさい」

「え、えぇぇ……ッ」


 村長の言葉に、男は露骨に嫌そうな顔を見せた。それを隣にいたリックが宥める。


「まあまあ……それより、いいんですか? あそこは村の墓地で……」


 そう話をするリックの後ろには、さっき見た小太り男もいた。どうやら彼ら三人がよく話しに出てくる自警団の若者達のようだった。


「仕方あるまい。野山に勝手に埋めて、動物に荒らされるよりはな」


 村長が溜め息と共にそう語る。そしてラルフと男達を見回して言ってきた。


「それではラルフ殿、私は村の人たちのところに行って彼らを安心させて参りますので、そちらはよろしく頼みます。……お前たちもしっかりな」


 そう言い残し、村長は杖を頼りに坂を上り始めた。離れていくその後ろ姿を少しの間見ていたラルフ達は、やがて互いに顔を付き合わせる。


「んで……ど、どうするんだ、あれ?」


 リックがうんざりとした顔で辺りに散乱した死体を見渡してそう聞いてきた。

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