第20話 『招かれざる客』

 次の日、ラルフは朝から畑の方に出ていた。

 そろそろ種蒔きをするとのことで、その日はいつもより多くの村人達が畑に出て精を出していた。

 そしてレナから頼まれたものを取りにラルフが村の戻ってきた時、その見慣れない光景を目にする。


「……何だ?」


 村の入り口近くの広場に、人だかりが出来ていた。

 数にして十数名……それだけ見れば多くはないが、そもそもここは人口が五十人を満たない小さな村だ。そして今は種蒔きで大半の人が畑に出ていることを考えると、今あそこに集まっている人達は村に残っている人達のほとんどと言っていい数だった。


「…………」


 ラルフは頼まれた荷物を一旦地面に置いて、その人だかりの方に歩いていった。

 この村に来て、あれほど多くの人達がいっぺんに集まることは見たことがない。精々が4~5人程度で、だからあの状況は明らかに何かがあったとしか思えなかった。


「おい……たったこれだけか、あぁ? これじゃ腹の足しにもならんだろうがよぉ!?」


 集まっている人達に近づくと、ドスの利いた怒鳴り声がその中から聞こえてきた。

 取り巻く人達の隙間から中を覗くと、そこには薄汚れた鎧を身に着けた四人の男達がその中心に立っていた。


「ごくごくごくっ……くはあああぁぁーッ! 生き返るぜ! まあ、酒の味はそう悪くないな」


 その鎧姿の男達の中で、酒が入っていたらしい瓶をラッパ飲みした一人の男が大きくげっぷをする。

 そして近くに突っ立っていた小太りの若い男に言ってきた。


「おい、お前……酒だ、もっと酒を持ってこいっ! それと食いもんもだ!」

「へ? ……あッ」


 指名されたその男は、うろたえながら間の抜けた返事を返す。そしてその小太りの男にラルフは見覚えがあった。

 多分彼はこの村の自警団の一人……よく村長の家に顔を出してくるリックとつるんでいる場面を何度か目にしたことがあった。


「なに寝ぼけたこと言ってやがる!? 早く行って酒とつまみを持ってこいと、そう言ってるんだよ!」


 そう怒鳴った鎧姿の男が、例の小太りの男を蹴り飛ばす。


「うおぅッ!?」


 小太りの男は呻き声を上げて、その場に転ぶように倒れた。


「なに寝てんだ、さっさと行け!」

「は、はい……ッ!」


 また怒鳴りつける鎧の男に、小太りの男は蹴られた腹を抱えて村の倉庫へと走って行く。

 その後ろ姿を見ながら鎧の男が悪態をついた。


「ったく、ついてねぇぜ……五日も山ん中を歩き回って、やっと人里見つけたと思ったら、こんな金も何もねぇ、しけた村とはなぁ……」


 その男の言葉に、彼の仲間と思わしき他の鎧を着た男達の一人が苦笑いを浮かべて言ってくる。


「まあ、そう言うなよ。ほとんど遭難しかけたんだ。こうやって飯にありつけただけ、めっけもんだぜ」


 広場の真ん中に陣取って、干し肉や酒をかつかつと貪る鎧の男達。

 それを見かねて、集まっていた村人達の一人が声を上げる。


「お前たちは一体何なんだ!? 村の備蓄に勝手に手を出しおって、ここで何をしとるんだっ!」


 ラルフは声を上げた村人の方に視線を向ける。鎧の男達を叱咤するその老人はマルコだった。

 朝頃に畑の方で姿を見たのを覚えているが、どうやらこの老人も所用でこっちに戻ってきていたようだった。


「ああ~~んっ!? 爺がしゃしゃり出るんじゃねぇよー!」


 鎧の男達の中で一人が立ち上がり、マルコ老人を睨みつける。


「見ればわかるだろ? 俺たちはな、王国軍の兵士なんだよ。お前らを守るために日夜命を投げ打って戦ってきた、ありがた~い存在なんだよ!」


 男のその見下すような物言いに、他の鎧を着た男達の間でもせせら笑うような声が漏れてくる。

 だが確かに男達が着ている銀色の鎧には、王国軍の模様が刻まれていた。


「まさか、自分たちの国の兵士もわからないのか? ……まあ、こんな山奥に潜って隠れ住むモグラたちにゃ、わからないだろうさ」


 そう嫌味を言ってあざ笑う鎧の男。そして干し肉を噛み千切って、酒と一緒に食べていた他の男の一人が言ってきた。


「おい、こんな硬い肉しかないのか? 俺はもっと暖かいもんが食いたいぞ」


 その男の視線の先には、もう一人の自警団の青年……ラルフもよく知っているリックが緊張で引きずった顔をして立っていた。


「え? そ、そうは言っても……今はもう昼時を過ぎたから」


 愛想笑いを浮かべてそう答えるリックに、例の男が面倒くさそうな仕草で言い放つ。


「馬鹿かてめぇは! 今すぐ作って来いって言ってるんだよ!!」

「わ、分かりました、分かりましたから……」


 男の怒鳴りに、リックは頭を掻きながら後ろを向く。そしてすぐ近くにいた一人の老婆に話した。


「婆さん、何か作ってきてくれない? できるだけ早く作れるもので、頼むよ」

「で、でも……」


 その老婆も畑から少し立ち寄っただけなんだろ。服は土で汚れていて、片手には手鍬を持ったままだった。


「おい、早くしろよ!」


 苛立った声で催促する例の男達に、リックが焦った声でまた頼み込む。


「どにかく早くしてくれ……! でないとあいつら、今度は何を仕出かすか……っ」


 リックが男達に聞こえないよう小声でそう話すと、その老婆も何度か頷いて自分の家の方に走り去る。


「何こそこそ話してんだ? まさか、俺たちの悪口言ってるんじゃねぇだろな?」

「い、いえ、滅相も無い……はは」


 おちょくるような笑みを携えてそう聞いてくる男達に、リックは手を横に振ってまた愛想笑いを浮かべる。


「ふん、それと今日寝る場所も用意しておけ。ちゃんと俺らが寝られるような、ふかふかのベッドをだ。わかったな?」


 そう言って、また持ってきた酒と果物や肉を卑しくがっつき始める男達。その一部始終を見て、ラルフは内心で胸を撫で下ろしていた。


 ……何事かと思いきや、大した事ではなかった。確かにこんな山奥にああいう手合いが来たのは意外であったが……逆にいうとそれだけの事だった。

 長い戦乱の中、ラルフはあんな連中を腐るほど見てきた。幸いこの村には、あの連中が欲しがるようなものは何もない。

 一晩ぐらい騒がしくなるかもしれないが、ある程度食料さえ持たせてやれば、すぐここから居なくなるだろ。


 ――ラルフがそう見切りをつけ、その場から踵を返した時だった。


「ふざけるな!!」

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