第17話 『効率的な猟の仕方』

 まだ日陰に雪を残す森の獣道を歩き続けて小一時間。

 空を覆い隠す木々の隙間から微かに日の光が差してきて、薄暗い森の所々を照らす光の柱を作り出す。

 出発して最初は絶え間なく喋っていたティアンも、その口数が大分減ってきていた。


「いつまで歩くんだよ、おやじ。……動物は? 狩はいつするんだよ」


 ずっと歩き詰めで退屈なのか、ティアンが不満の混じった声でそう聞いてくる。


「黙って歩け。飽きたんなら帰りな」

「ちっ、なんだよ……」


 突き放すようなスベンの言葉に拗ねた口ぶりで話すティアン。それを横で黙って聞いていたラルフが質問した。


「しかし、これは何に使うものなんだ?」


 ラルフが自分に渡された、それぞれ長さの違う木の棒の束を見てそう聞く。

 するとティアンも持たされた大きめのカゴ二つを担ぎ直して言ってきた。


「そうだよ、そもそもこのカゴは何なんだよ。それに……猟をするのに何でベンのおやじだけ弓持ってるんだよ。俺とラルフは?」

「……まったく、口の減らないガキだな。もう少し静かに歩けんのか」


 弓矢と大きい皮袋を持って先頭を歩くスベンが、ティアンを見て軽く溜め息をつく。


「何か勘違いしているようだがな。こんな木々で覆われた森の中で、獲物と追っかけこして、動き回る標的を弓で一撃で仕留めるとか……できると思うか?」

「……えっ、狩ってそういうもんじゃないの?」


 そう聞き返すティアンに、スベンはまた盛大な溜め息をつく。

 それを見てティアンが不満そうに言葉を漏らした。


「じゃ、どうやるんだよ……」

「一々説明するのも面倒だ。まあ、行けばわかる。……それより、そこの若いの」


 そこまで話したスベンが、今度はラルフの方を見て言ってきた。


「……ああ、何だ?」

「お前さん、なんで腰にそんなもの差してるんだ?」


 スベンの視線の先には、ラルフの腰にぶら下がっている王国軍の剣があった。

 スベンは不思議そうな目でそれを見て話す。


「そんなもん差していても歩き難いだけだろうに……まさか、あんたもそれで獲物を取ろうとか思ってんじゃねぇだろな?」

「……いや、ただの習慣だ」


 ラルフの話に、ティアンも思い出したのように呟く。


「そういや、畑にも持ってきてたな……それ」


 そこまで言ったティアンは、やがて勝手に納得したように頷く。


「まあ兵士だったら、当たり前っちゃ当たり前か!」

「止まれ。……それと、ガキはもう少し静かにしてろ」


 そんなティアンの言葉を遮って、スベンが急に静止の声を出した。


「な、なに? ……なんか出たのか?」


 ティアンが緊張した顔で周りをきょろきょろと見回す。

 それを横目で見て、今日何度目か分からない溜め息を吐いたスベンが、前方の茂みを分けて中へと入る。


「お、おいっ、おやじ!? どこに行くんだよ!?」


 スベンの後を追うティアン。ラルフもまたその後を追って茂みの中に入る。

 そして茂みを抜けた先の、スベンが片膝をついている場所まで行くと、その地面には大きい木の板が置かれていた。


「……何だよ、それ」


 ティアンの質問に答える代わり、スベンがその木の板を取る。

 板の下には人の腕一本くらいの深さの穴が掘られていて、その穴の中には兎が一匹入っていた。


「カゴ」


 その兎の両耳を掴み上げたスベンが、後ろを見ずに手を伸ばしてそう言ってくる。


「えっ、か、カゴ?」


 そう聞き返すティアンに、スベンが今度は振り返って手を伸ばしてきた。


「お前が持ってるカゴだよ。たっく、使えねぇヤツだな……」

「お、おう!」


 持っていたカゴを慌てて前に突き出すティアンを一度見て、スベンはそのカゴの中に兎を入れる。


「しっかり持っておけよ」

「あ、ああ……ッ!」


 そう勢いよく答えるティアンから目を外して、スベンはまた地面に腰を落とす。そして今度はラルフの方に手を伸ばしてきた。


「一番短いやつ、一つ渡せ」

「……ああ」


 ラルフは持っていた木の棒から一番小さいものをスベンに手渡せる。

 それをスベンは持ち上げた木の板と地面の間に入れて隙間を作り、それを糸で上手い具合に固定した。


「他のカゴから餌出して、この中に入れろ」

「え、餌?」


 ティアンが戸惑っていると、スベンはティアンが持っているもう一つのカゴの方を直接開いて見せた。


「これが餌が入ってるカゴだ。そしてさっき兎を入れた方が捕獲用……わかったか?」

「あ、うん。わかった……っていうか、そういうのは最初に教えろよな!」


 ティアンはそう言って、餌カゴの中から薄く切られた人参を数点取り出して穴の中に入れた。


「よし、これで完成だ」


 そう言って軽く頷くスベンに、ラルフが質問する。


「罠を作って猟をしてるのか」

「……ああ。さっきも言ったように、一人で森の中を駆け回って狩をするのは効率が悪いからな。趣味ならともかく、そんなやり方してたら、村のヤツら全員が食える分を取るのはとてもじゃないが無理だ」


 確かにもう若くない初老の男一人が、足場も視界も悪い森の中で取れる獲物の数は高が知れてる。

 むしろこうやって罠を設置し、掛かった獲物を回収して回る猟のやり方は実に合理的といえた。


「え、えぇぇッ…………なんか、地味」


 だがティアンは不服そうに、つまらなさそうな声を絞り出す。


「今度は何だ、ガキ?」

「あ、いや……なんか、思ってたのと違ってて」


 急に元気をなくしたテイァンの姿に、スベンが鼻で笑う。


「ふっ、とにかく次行くぞ。まだまだ回る場所が沢山あるからな」


 そう言って先を歩くスベンを、ラルフとティアンもその後をついて歩き出す。


「でもこれなら、あの少年をもっと早く連れてきてやっても良かったんじゃないか?」


 ラルフがスベンの隣まで来て、後ろについてくるティアンを横目で見てそう話しかける。

 ……出発前のやり取りからして、元々ティアンは猟について行きたがっていて、それをスベンがずっと反対してきた構図に見えた。

 だがこの分だと、直接的な危険はそうなさそうだし、一度連れていく分には問題ないようにもラルフには思えた。


「バカを言え。罠を使った猟でも、でっかい獲物はいくらでもある。それに……こうやって道を歩くとき、熊や狼とぱったり出くわしたら目も当てられない」

「……この辺りは、熊や狼が出るのか?」


 ラルフがそう聞き返すと、スベンが軽く後ろを見てティアンがちゃんとついてきているかを確かめた後、小さな声で答えた。


「……ああ、熊は結構いるぞ。狼はこの季節にはない……が、夏になれば群れてこっちに移動してくる」

 確かにそれらの猛獣と道中で出会ったら、ティアンみたいな子供が咄嗟に対処するのは困難だろ。ラルフは一人頷いてスベンの言い分に納得する。


 それから三人は、次々と罠を仕掛けた場所を巡った。

 ある所は餌だけ取って罠はそのままな所や、罠に掛かった痕跡はあるが罠ごと引き千切って逃げた所もあった。それらを持ってきた道具で丁寧に修復して回る。


「それにしても、よく場所を覚えているんだな」


 ほとんど周りの見分けがつかない深い森の中で、罠を設置した場所をまるで地図でも見ているかのように正確に辿るスベンにラルフは感嘆する。


「五十年だ」


 壊れた罠を再度設置して立ち上がり、スベンはそう言った。


「親父に連れられて、あれこれ五十年もこのことやってればな。嫌でもこの辺りのことは詳しくなる。次、行くぞ」

「……五十年、か」


 スベンの後を追いながら、ラルフはしみじみとその年月を口にしてみる。

 五十年……口で言えば簡単だが、その言葉は確かな重みを感じさせた。


「しっ……止まれ。静かに」

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