第14話 『それぞれの事情』

「いや~助かったよ、ラルフ君。やっぱり若い人がいると全然違うな!」


 翌日、ラルフは昨日の夜に降り積もった雪を片付ける為に畑に出ていた。


「種を蒔く前に降ってきてよかったよ。水でもやったところに降ってたら、土が凍って全部駄目になっちまうところだったな」


 思ったより早く終わった除雪作業に、ジョエルは満足げな顔でラルフの肩を叩きながらそう話す。


「そういえば、畑にやる水はどこから持ってくるんだ?」


 ラルフが持っていたスコップを集めた雪の山に突き刺してそう聞くと、ジョエルは一番高い段差にある畑の方を指差した。


「あの上に井戸があってな。そこから水を汲んで来るんだよ」

「井戸? ……川でもあるかと思っていたが」


 ラルフがそう聞くと、ジョエルは苦笑いを浮かべて話す。


「まあ、ここからちょっと離れた所に小さな川が一つあるよ。実際、昔はその川から水を汲んで使ってたな……」


 昔を思い出すような顔でジョエルがそう話した。


「でもここは山の中だから、足場も悪いし傾斜もある。遠くはないけど一度にあまり多くは汲んで来れないから、色々苦労してたんだよ」


 初日の山菜取り場まで行く道のりから考えると、この村の人達の遠くない、近場という言葉はあまり当てにならないと思いながらラルフが言った。


「それで井戸を作ったか」

「ああ……村長がな」

「村長が?」


 急に出てきた村長の話にラルフが聞き返すと、ジョエルは村長の家がいる方向に視線を向けて話した。


「ああ、確か私がラルフ君くらいの年頃の時だから……大体四十年前くらいかな、エルマン村長が村に来たのは」

「……あの人は、この村の出身じゃないのか?」


 こんな山奥の小さな村で、四十年も前とはいえ、外からきた人間が村長をしていることをラルフは少し意外と思った。


「そうだな……確か、外では港の警備隊か何かをしていたと言ってたな。それを退役してこの村に来たんだと」


 港の警備隊――その話が本当なら村長は十中八九、双剣騎士団所属の兵士だったんだろ。

 ……それなら、ラルフが王都を脱出するときに着ていた王都警備隊の鎧を一目見て分かるのも納得できる。


「あの人は何気にすごいよ? 測量……? とか、水が出そうな場所を探し当てたり、薬草の見分け方とか薬の作り方にも詳しいからな……。本当、色々助かってるよ」


 ジョエルはしみじみとした口調でそう語る。そして二人がそんな話をしている間に、畑の下の方からこっちに近づいてくる人達が見えた。


「昼ごはん、持ってきたよー」


 片手にカゴを持って、空いた手で二人に手を振るレナ。その後ろをアンナとティアンが同じくカゴを持って歩いてくる。


「なんか話し込んでたみたいだけど、仕事はもう終わったの?」


 レナがそう聞くと、ジョエルはまたラルフの肩を叩きながら答えた。


「ああ、ラルフ君のお陰でね。思ったより随分早く終わったよ」


 愉快そうに笑うジョエルに、シートを敷いていたアンナが言ってきた。


「あなた、あまりラルフさんを困らせては駄目ですよ」

「あ、ああ……つい、な。すまなかったね、ラルフ君」


 ジョエルがラルフの肩を叩いていた手を止めて素直に謝ってくる。


「ごめんなさいね? この人、昨日からどうも舞い上がっちゃて」

「……いや、問題ない」


 申し訳なさそうに話すアンナに、ラルフは相変わらずの仏頂面でそう答えた。


「ささ、とにかく飯にしよ! ラルフ君も座った座った」


 ジョエルが勧める通り、ラルフ達はシートの上に腰を落ち着かせる。もう昼に差し掛かってか、日射のお陰で外にも関わらず寒さはそう感じられなかった。


「ティアン、カゴから皿取って?」

「……はいはい、わかったよ」


 レナが大きい鍋をシートの真ん中に置くと、ティアンが他のカゴから皿を取り出して全員に手渡す。

 そしてレナが鍋の蓋を開けると、具が沢山入ったスープが湯気を上げた。


「おお~っ、美味そうだな! でもここまで持ってくるのは大変だったんじゃないか?」


 ジョエルがそう聞くと、レナは小さく笑ってティアンの方を見て話した。


「ううん。鍋はティアンがここまで持ってきたから、私は全然」

「たっく……何で畑に持ってくのに水物の鍋なんだよ。零れるかひやひやしたじゃねぇか」


 ここぞとばかりに文句を言ってくるティアンに、ジョエルが温和な顔でティアンの頭を撫でる。


「そうかそうか、ティアンも頑張ったな」

「…………ふん」


 照れくさそうに鼻を鳴らすティアンを一度見て、ジョエルはレナの方に視線を戻した。


「それにしても、レナは何か良いことでもあったのか? 何だか機嫌よさそうだな」


 そんなジョエルの話に、アンナもそれに同調して口を挟んできた。


「そうなのよ。食事の支度するときからね、鼻歌まで歌っちゃって」

「いや、別に……そんなことは、ないってば」


 だが言葉とは裏腹に目尻を細めて微笑むレナの顔は、誰がどう見ても上機嫌に見えるものだった。


「あ、怪しい……」


 ティアンが引きずった顔でレナの顔をまじまじと見るが、彼女はその視線に気づきもしない様子だった。


「まあまあ、機嫌がいいなら良いことじゃないか。それよりアンナ、早くラルフ君の分をよそってくれ、大盛りでな」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 ジョエルの催促にアンナが苦笑いを浮かべては皿にスープをよそう。それを横目で見ながらラルフは話を持ち出した。


「しかし、こっちの畑は他のところより広すぎないか?」


 ラルフがちらっと他の畑を見てそう言うと、ジョエルも段差の下に広がる畑に視線をやる。そこにはまだ作業している人達や、ラルフ達のように食事をしている人達の姿がちらほらと見て取れた。

 ただラルフが言ったように、どれも一人当たりの畑の面積は小さい方で、それらに比べてジョエル夫妻が担当する畑はその二倍くらいの広さを持っていた。


「確か、畑は村共同で管理しているんだったな。……なのに、何でこんな広い畑を任されているんだ?」


 個人の畑なら、大きさの違いがあっても別段不思議じゃない。

 たがここの畑は村の共同財産で、単に毎年役割を分担して区画を任されたにすぎない――昨日ジョエルから聞かされた話を思い出して、ラルフは疑問に感じた。


「まあ、私たちはこの村じゃまだ若い方だからね……。だから、他の人たちより畑も広く担当してるんだよ」


 ジョエルが苦笑いを浮かべて説明する。

 ジョエル夫妻も歳としてはもう60代に差し掛かっているが、それでもこの村の平均年齢を考えると、まだ働ける歳であることは間違いなかった。


「それに……今はレナとティアンが色々助けてくれるからな」


 そう言ってレナとティアンを交互に見て笑うジョエル。そんな彼を見て、アンナがぽつりと独り語のように呟いた。


「昔は、アレクスもよく手伝ってくれたのにね……」

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