第10話 『朝の出来事』

 翌朝、レナは朝食が入ったカゴを持ってラルフが泊まっている小屋に向かっていた。


「それにしても、不思議な人だな……」


 歩きながら彼女は頭の中でラルフの姿を思い起こす。

 白髪に赤い瞳という目を引く外見に加え、ラルフが持つ独特の雰囲気がその印象をもっと深くしていた。


「私と歳は……あんまり変わらないはずだけど」


 ただラルフの妙に達観しているような目とその態度が、彼に見た目よりも年老いた印象を与えていた。

 ……まあそれらを全て置いておくとしても、外から人来ること自体、この変化の乏しい村ではすごく珍しい出来事であることは違いなかったが。


「ラルフさん、起きてる?」


 扉を開けて小屋の中に入ったレナは、剣を抱えたまま寝台にもたれて眠っているラルフの姿を発見した。


「あれ……まだ眠ってたんだ」


 声を抑えてそう呟いたレナは、足音に気おつけて進みながらどうするかを考える。


「やっぱり、起こさないとだね」


 そう言ってレナがラルフの前に立つ。そしてラルフの肩に手を伸ばしたときだった。

 ついさっきまで眠っていたラルフの目が大きく開かれ、レナを視界に見据える。


「え……っ?」


 レナが何か言う暇もなく、ラルフは彼女を押し倒して馬乗りになる。そして剣を抜き、そのままレナの首に刃を宛がった。


「え、えっ……ラルフ、さん……!?」


 無感情な真紅の瞳がレナの姿を映し出していた。

 状況が飲み込めず慌てるレナ。そして徐々にラルフの目に生気が戻ってくると、やがて彼の口が動いた。


「ここで、何をしている」

「え? あ……その、朝ごはんを持ってきて、それで、その……」


 驚きで上手く言葉を纏められないレナと、カゴの中から零れて床に飛び散ったパンの類を見て、ラルフがレナの上からゆっくりと体を退かす。

 そして軽い溜め息を吐いて話した。


「……すまなかった」

「あ、いや! ……ぜんぜん、何とも、ないよ? はは……っ」


 レナが両手を振って慌てて笑う。だがレナ自身、自分が何を言っているのかさえはっきりとしない状態だった。


「顔が赤いが、大丈夫か」


 ラルフが赤く染まったレナの顔を見て首を傾げる。そんな彼の言葉に、ようやく頭がまともに働き出したレナは眉を吊り上げて叫ぶ。


「だ、誰のせいでそうなったと思ってるのよーッっ!」

「…………すまない」


 急なレナの叫びに、ラルフは一瞬言葉に詰まったような顔になったが、すぐ彼女から視線を逸らして謝罪の言葉を口にした。


「まったくもう……朝ごはんが台無しになったじゃない……」


 床に落ちたパンと果物を見てぷんぷんと頬を膨らますレナ。

 そしてラルフは何ともなさげに床からパンを拾い、それを軽く拭いてから口に入れた。


「え、食べるの……? でも……」

「……何も、問題ない」


 硬いパンを頬張りながらラルフは無愛想にそう答える。それを見て、レナも少し顔を緩めて苦笑いを浮かべた。


「まったくもう……」


 そう話したレナは床に落ちたものを片付けて、持ってきた皿に果物の皮を剥いて食べやすく切り分ける。


「皿とか割れてなくてよかったよ」

「……すまなかった」

「ふふ、いいよもう。私も気にしてないから、ね?」


 口を動かしながらほぼ機械的にそう答えるラルフが可笑しく見えたのか、レナはすっかり機嫌を取り直して笑う。

 そして魔法瓶から湯気の立つ温かい山菜スープを皿に注いでラルフの前に並べた後、彼女はその場から立ち上がった。


「それじゃ、ゆっくり食べてね? 昼には戻ってくるから」

「……どこか行くのか?」

「うん、畑の手伝いに。ラルフさんが倒れてる間ずっと休んでたから、そろそろ復帰しないとね!」


 そう話して頼りなさそうな腕を捲し上げて見せるレナに、ラルフは少し考えて彼女に提案した。


「俺もついて行っていいか?」

「えっ? でも……まだ体が」

「問題ない。体ならほぼ治っている」


 ラルフが寝台の横にあるテーブルに目線を向ける。そこには昨日解いた包帯がくちゃになって散らばっていた。


「うそ……あんなに深い傷だったのに」


 信じられないといった顔で包帯とラルフを交互に見つめるレナに、ラルフは食事を続けながら話した。


「それに、何もしないでただ飯ばかり食っていても居心地が悪い。何か手伝うことはないか?」

「それは、すごく助かるけど……本当に大丈夫?」


 そう言って、怪訝そうな表情で再度ラルフの顔色を伺うレナ。その間にラルフは最後に果物を丸ごと口に詰め込んで立ち上がった。


「すごい食べっぷりね……でも、あまり急いで食べると体に良くないよ?」


 レナが呆れたように苦笑を浮かべる。それをラルフはただ頷いてはレナに言った。


「畑と言ったな、案内してくれ」

「あ、うん……」

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