第7話 『疑問』

「お――い、レナ!」


 ラルフが声がした方を見ると、背の高いひょろっとした男が片手を振って坂道を上ってきていた。そして真っ直ぐレナの方に歩いてくる。


「リック、どうしたの?」


 知り合いらしいレナがそう聞くと、そのリックと呼ばれた青年は片手に持っていたバスケットを彼女の前に突き出した。


「ああ、今朝これを取ってきたから、おすそ分けにな」


 そのバスケットの中には色んな果物が詰まっていた。

 彼の言う通り、今朝取ったばかりのものだからか、それらは全て瑞々しく形のいい物で揃っていた。


「ありがとう、リック。でも……これはリックのおばさんにあげたら喜ぶんじゃないかな? おばさん、昨日から熱出してまともに食事してないでしょう?」

「お袋なら平気だって! それにお袋の分もちゃんとあるから、これはレナが貰ってくれよ!」


 レナとリックという青年のやり取りの横で、ティアンがやれやれと首を左右に振りながら、ラルフにだけ聞こえそうな小さい声で独り語を呟く。


「毎度毎度、よくやるよな……」


 何故かうんざりした目で二人……特にリックの方を見るティアン。そんなティアンにラルフが聞く。


「何がよくある事なんだ? おすそ分けのことか?」

「……ちっちゃい村だし、別におすそ分けするのは、まあ普通だけど……」


 何だか歯切れの悪い返事にラルフが視線を寄越すと、ティアンは頭を掻きながらつまらなそうに言ってきた。


「あいつは、ほぼ毎日レナんとこに顔出すからな……ああやって」


 遠慮するレナと、それでも持ってきた物を押し付けるリック。

 結局レナが折れて、リックから果物が入ったバスケットを受け取る。


「ありがとう、リック。それじゃこれ、家に置いてくるね?」


 レナがラルフ達の方を見てそう話すと、そのバスケットを持って家の中へ戻る。そしてリックは、ここに来て初めてラルフの方に顔を向けてきた。


「やあ、あんた、目が覚めたんだな。酷い怪我だったけど、体は大丈夫か?」


「……お前は?」


 妙に親しく話しかけてくるリックに、ラルフは怪訝そうな顔でそう聞き返した。


「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はリック、この村の自警団をやってるんだ。よろしくな」


 そう言ったリックは少し軽薄そうに見える笑みを浮かべて、ラルフに右手を差し出してきた。


「けっ、何が自警団だよ。三人揃って毎日酒ばっか飲んでるくせに」


 そこに割り込む嫌味たっぷりのティアンの言葉に、リックはばつの悪い顔になって言い訳をする。


「いやいや、そんなに毎日飲んでないって。それに飲んでるのはダニエルとロビンの方で、僕は付き合っているだけだから」

「よく言うぜ……俺、知ってんだぞ? ダニエルのやつが村の倉庫からこっそり酒持っていくの」

「おいおい、言いがかりは止めてくれよ。僕はレナにおすそ分けをしに来ただけだっつの」


 そうやってティアンとリックが言い合っている間、家の方からレナが戻ってくる。


「何、また喧嘩してるの、二人共?」

「いや、喧嘩なんかしてないよ。またこいつが絡んできただけで」


 そんなリックの言葉にティアンも何か言い返そうとしたが、先にレナが聞いてきた。


「それよりリック、ラルフさんに自己紹介はした?」

「あ、ああ……まあ半分は」

「なーにそれ? ラルフさん、この人はリック。倒れていたラルフさんを村まで運んでくれたのがリックだよ」


 レナの説明に、ようやく納得がいったラルフはリックに軽く目礼した。 


「そうか……世話になった」

「いいっていいってそれぐらい。それより、ラルフって言ったよな? 一つ聞きたいことがあるんだが」


 手を軽く振って快活に笑うリックだったが、すぐに少し真面目な顔になってラルフにそう言ってきた。


「なんだ?」

「お前さん……どうやってあの峠を越えてきたんだ?」


 リックがそう言って視線をラルフの後ろ、森の先にある山の方に向ける。それに釣られ、ラルフも後ろの山を見た。


「あそこって、ほとんど崖ばっかで人が通ることはできないんだけどなぁ、普通」


 リックは首を傾げてそう言うと、今度は坂下の方を指差して話す。


「あの先からもうちょっと行くと、俺たち自警団の屯所があるんだが……人が通れそうな場所はそこしかないんだよ」


 リックが村が終わる地点と森が始まる境目を見ながらそう説明する。そしてラルフの方に視線を戻して、心底不思議そうな顔で聞いてきた。


「でもお前さん、あの裏山の山菜取り場で倒れていたんだろ? どうやってあそこまで行ったんだ? まさか、本当にあの崖っぷちを登ってきたのか?」


 最後は半笑いを浮かべて冗談めかしに言ってくるリックの言葉に、またティアンが茶々を入れてくる。


「へッ、どうせ小屋で酒ばっか飲んでるから、ラルフが通っても気づかなかっただけだろ」

「いや、あそこは狭い谷間だし、動物も滅多に出ないから人が通ったなら気がつくはずなんだがな……。それと、小屋じゃなくて屯所な」


 そんなリックとティアンのやり取りを見ながらラルフは考える。そして軽く首を横に振って話した。


「すまないが、俺もあまりよく覚えてない」

「まあ……多分夜中の森ん中だし、それもしょうがないか。気にしないでくれ、ちょっと気になっただけだからな」


 そう言ってリックが笑う。そしてレナの方を見て言ってきた。


「それでレナ、これから時間あるか? 今まで看病で付きっ切りだっただろ? なら僕と」

「あ、ごめん。今はラルフさんに村の案内をしてくれって、村長に頼まれてるから」

「そ、そうか……それじゃ、仕方ないな……」


 レナが事情を説明すると、リックはあからさまに落胆した顔になってラルフの方を横目で何度か見る。


「まあ、お前も病み上がりなんだし無理するなよ。……それじゃレナ、僕は屯所の方に行くから、暇なときはいつでも来てくれ」


 ラルフとレナを交互に見てそう話したリックは、踵を返して来た道を戻っていく。その背中が遠くなると、レナがラルフに言ってきた。


「それで、これからどうするの? 今の時間なら村の人達はほとんど畑の方に行ってるけど……そこに行ってみる?」

「……それより、俺が倒れていたという場所がどこか確認したい。そこに案内を頼む」

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