第6話 『名もなき村』
「いや、悪いが……まずは外の様子が見たい。構わないか?」
「……そうですな。レナ、ラルフ殿に村の案内をしてくれるか?」
「ええ……いいけど、ほんとに動いて大丈夫?」
村長の言葉に、レナが心配そうな顔でラルフにそう聞いてきた。
「ああ、問題ない」
「んん……それじゃ、行こっか?」
首を傾げながら先導するレナに従い、部屋を出て質素な居間を通り家を出る。そして目に入ってきた光景に、ラルフは小さく息を吐いた。
「……これは」
外に出ると、そこは坂の上に立つ家だった。そして目前に広がる開けた坂下には、他にもちらほらと木造の家が立っていた。またそれらの家々を、高さ何十メートルにも及ぶ鬱蒼としたユーカリの木々が取り囲む。
更にその森林を越した先には、空の半分を覆い隠す峰々が続いていて、その頂上近くは雪が積もってその色を白く染め上げていた。
「あっ、ティアン! そんなところで何してるの?」
家々の煙突から出た煙が宙に揺らめくのを呆然と眺めていたラルフは、急なレナの声に後ろを振り向く。
そして村長宅のすぐ横にある大樹の陰からこっちを覗いている一人の少年を発見する。
「ああっ!? 急に声かけるなよ、レナ……見つかっちまったじゃないか」
その少年は面白くなさそうな表情でレナに文句を言い、こっちに近づいてきた。
「あんた、王国軍の兵士だよな?」
近くで見ると、彼はレナよりも一回りは年下に見えた。
まだ子供と言っていいほど幼いその少年は、どこが生意気にも見えるキラキラした目で真っ直ぐラルフを見上げてそう聞いてきた。
「……ああ、そうだが」
「んじゃ、本当に王国は帝国に負けたのか……? 俺も見たんだ、三日前の夜、王都が白くなったのをッ」
自分に詰め寄って聞いてくるティアンという少年に、ラルフは淡々とした口調で答えた。
「そうだ」
「ああ、くっ~~そッ! 本当に負けちまったのかよ……!」
ラルフの言葉を聞き、少年は頭を抱えて悔しがる。そんな少年から目を離して、ラルフはレナの方に視線を寄越した。
「ああ、この子はティアンっていうの。あの左下の二番目の家に住んでる、この村で一番年下の子」
レナが坂下に見える家の中の一つを指差して説明する。それをティアンが手を大きく振って抗議してきた。
「子供扱いするなよな! ちゃんと一人暮らししてるし、そのうち背もレナより大きくなるんだからな!」
「あら~、それならまず自炊くらいはできるようになりましょうね? 毎日うちに来てご飯食べてるのは、どこの誰さんかな?」
腰に手を当てて見下ろすレナと、顔を赤くして悔しがるティアン。それを横目で見ていたラルフは、ふと思いついて口を開けた。
「一人暮らし? ……こんな子供がか」
ラルフの独り語のような呟きに、レナが答えを返す。
「少し前まではアンナおばさんのところで一緒に住んでだけど、一年くらい前から……かな? ティアンが急に一人暮らしするとか言い出して」
「ちっちっち、わかってないな~レナは。この村に空いてる家なんていくらでもあるんだし、男なら当然だろ?」
「それでもよ。あの時、アンナおばさんとジョエルさん、凄く心配してたよ?」
レナとティアンのやり取りを聞いて、ラルフはもう一度村の全景を視界に収める。そしてレナに質問した。
「この村には、何人くらい人が住んでいるんだ?」
その質問にレナも村の方に視線を向けて、目を細めながら言った。
「そうね……あの家のお爺ちゃんが昨年亡くなって……今は全部で四十七名かな?」
どうやら村に住んでいる人の数を数えていたらしい。そんな彼女の言葉を聞いてラルフが言ってきた。
「それにしては家の数が多いな」
ラルフの言う通り、住んでいる村人の数に比べて、家の数の方がずっと多いように思えた。
その数だけを見れば、さっきレナが言った人数の倍は人が住んでいそうな数だった。
「まあ、仕方ないよ。実際、半分くらいは誰も住んでないしな」
ティアンがそう話して、続けさまにラルフに聞いてきた。
「それでお前、名前は? 何って言うんだ?」
「ティアン、言葉使いに気をつけなさい。失礼でしょ?」
レナが軽くティアンの頭を叩くと、ティアンが不満げな声を出した。
「えぇ~別にいいじゃんかよ。それにレナも、あんま俺と変わんないだろ?」
「そ、それは……そうかも、しれないけど」
ちらちらとラルフを見ながら言いあぐねるレナに、ラルフは軽く溜め息を吐きながら名乗る。
「ラルフだ」
「ラルフ……か! あ、それとそれ、本物か?」
ティアンが好奇心を顕にして、今度はラルフが腰に差している剣を見て目を輝かせる。
「すげぇぇ……本物なんて初めて見た。格好いい……っ!」
そう言ってティアンがラルフの剣に手を伸ばしかけたそのとき、横から人の声が聞こえてきた。
「なんだお前たち、また喧嘩でもしてるのか?」
ラルフ達が声がした方を見ると、そこには村長と同じくらい年老いた老人の一人が同年輩に見える人達二人と坂道を歩いていた。
「あっ、マルコ爺ちゃん! 畑の方に行くの?」
レナが軽く手を振ってその老人に挨拶する。
「ああ、そろそろ春の種蒔きに備えないとな」
そう話して近づいてくる老人は、確かに鍬を肩にかけていた。そしてティアンを見て苦笑を浮かべる。
「また何かしでかしたのかい、ボウズ?」
「ち、違うよっ!? 何もしてないってば、なあレナ?」
甚だ不本意だと言わんばかりにティアンが両手を振って否定する。老人はそんなティアンの肩を軽く叩いて言った。
「あまりレナを困らせるんじゃないぞ?」
「いや、本当に違うって……」
抗弁するティアンの頭を撫でながら、その老人は今度はラルフを見て言ってきた。
「それはそうと、そっちの白髪の若いのは?」
「あ、うん。昨日話したでしょ? 裏山の山菜取り場で倒れていた兵士さん、さっき目が覚めたの。名前はラルフさん」
レナがそう説明すると、老人は得心がいったように何度も頷く。
「ああ……エルマンが言っていた兵隊さんかぁ……」
「エルマン?」
ラルフが軽く首を傾げてレナの方を見る。
「ああ、エルマンは村長の名前。さっき会ったお爺ちゃんだよ?」
「……そうか」
そんなやり取りの最中、ティアンが話しに混ざってきた。
「それより爺ちゃん、大変だって! 王国が帝国に負けたんだよ! やっぱり三日前のあれは王都が燃えていたんだ!!」
興奮気味で力説するティアン。それを聞いて老人はまた苦笑を浮かべて話した。
「そうか、外はそんなことになっているのか……そりゃ大変だな」
そう唸るように言う老人の言葉に、ラルフは妙に引っかかる印象を受けて改めて老人の顔を見た。
「ああ、それはそうとレナや、後で春先に蒔く種のことで話があるから邪魔するとエルマンに言っといてくれ」
「うん、わかった」
……やはり変だとラルフは思った。だがその違和感の正体が何なのかはっきりしない。
「それにしても外から人が来るなんじゃ、五年前にエルマンがボウズを連れてきた時以来じゃな」
「……確かにそうかも」
老人の言葉にレナが頷く。そして老人はラルフの方を見て、人の良さそうな笑みを浮かべて言ってきた。
「まあ何もないところじゃが、ゆっくり療養すると良い。聞くところ、怪我とか酷かったって?」
「いや、それほどでもない」
無愛想なラルフの答えにも、老人は気を悪くした様子でもなく続けて話す。
「まあ何かあったらワシか、エルマンにでも聞いてくれ。それじゃなー」
そう言い残して、老人は他の村人達と一緒に坂を上り始める。その遠のく姿を見てラルフが口を開けた。
「あっちに畑があるのか?」
「うん。あそこの森を少し抜けると、村の人達が共同で使う畑があるよ?」
「…………」
それを片耳で聞きながら、ラルフはようやくさっき老人から感じた違和感の正体に気がつく。王都が陥落して、王国が滅びたという事実にあまりにも淡白な反応。そして言葉の端々から出てきた『外』という言葉。
……十年も戦争をし続けてきた国に住む人達が抱く感想とはあまりにもかけ離れた反応だからこそ、ラルフは戸惑った。
「ここから麓の村まで、二日かかると言ったか?」
「そうだけど……まさか、その体で行こうとしてるんじゃ、ないよね……?」
レナが少し不安げな声でそう聞き返すと、ティアンもそれに同調してきた。
「そうそう、やめた方がいいって。俺も一度行ったことあるけど、あれは人が通れる道じゃないからなぁ~」
「いや、別に今ここから離れるつもりはない」
やはりこの村は相当な山奥にあって、尚且つ人の往来もほとんど断絶した閉じた社会だとラルフは理解する。
「お前が五年前、ここに来たっていうのは?」
こんな人との交流のない村にティアンのような子供が来るようになった理由が気になってラルフが聞くと、ティアンは照れくさそうに鼻の下を擦りながら言ってきた。
「ああ、俺……戦争孤児だから。村長が見つけて、この村に連れて来てくれたって」
「……すまなかった」
そんなラルフの言葉が意外だったのか、ティアンは両手を振って明るく笑った。
「ああ、いいって別に! それに、五年も前だろ? そん時のことは、俺もあんまり覚えてないしな」
それでも少々気まずくなった空気の中、今度は坂下の方から若い男の声が響いてきた。
「お――い、レナ!」
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