第3話 『崩壊』(3)
王都サリエン中央大路、第二内壁の上――各地区から撤退して集まった王国軍は、城壁の上から見える光景を信じられないといった様子で眺めていた。
今まで何度も帝国の猛攻に耐えていた分厚い外壁は、見る影もなく崩れて大きく風穴が開いていた。
市街地の至るところで火災が発生し、聞こえてくる剣戟の音から散発的な戦闘が未だ続いていることが分かる。
そして中央大路を埋め尽くす黒の波が、逃げ遅れた民間人や王国軍の死体を飲み込んで徐々に内壁へと近づいてきていた。
「……くッ! 王宮からの伝達はまだか!? このままでは……ッ!」
まるで一つの生物のように蠢く帝国軍の行列。
それが近づくにつれ、微かな地響きが篭城する兵士達の足元にも伝わってくる。
「あんなものを、どうやって相手しろというんだ……!」
行軍する帝国軍の群れには、その地響きの元凶……外壁が突破された原因でもあるそれが何匹も混ざっていた。
身長十数メートルに達する巨躯の魔物。帝国軍が使役するそれらは鈍重な動きで、だが確実に内壁へと近づいてくる。
「もはや、ここまでか……ッ」
歯を食いしばり空を仰ぎ見る王国の兵士達。
その後ろから、一際優麗な甲冑を身につけた男が兵士達の群れを掻き分け前に進み出る。
「まだ諦めるには早い! 王国の為、己が家族と愛する人々の為に、我々は決して諦めてはならないのだ!」
兵士達を見回して激を飛ばすその男の登場に、王国兵士達が口を揃えてその名を叫ぶ。
「騎士殿……ッ!」
「この城壁の後ろに何がある? 俺たちの家族が、友人たちが……守るべき全てがいる。だからこそ、ここで退くことは決してあってはならない!」
騎士と呼ばれた男の言葉に、さっきまで絶望に染まっていた兵士達の顔にも悲壮な決意が宿る。
「そ、そうだ! まだ……まだ、負けてない! このまま終わって堪るかっ!」
ほぼヤケクソ気味で活気づく兵士達から背を向け、その男は近づいてくる帝国軍と巨人の魔物を見て、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「……間の悪いところに来たものだ」
眉間に皺を寄せて睨んでいたのもわずか。その騎士は剣を抜き取り、もう目の前まで迫ってきた巨人の魔物に向けて構えた。
――クアアアアアアアアアッッ!!
鼓膜が裂けるような奇声を上げ、猛烈に突撃してくる巨人の魔物。その手に持つ巨大な棍棒を力任せに振り下ろすと、城壁の外縁の一部が崩れかけた。
周りの兵士達が腰を抜かして尻餅をつく中、男騎士の姿だけが城壁のどこにも見当たらなかった。
「所詮、大きいだけの木偶だな」
恐ろしく冷ややかな男の声。王国兵達が見上げる先には、魔物の肩の上に飛び移って立っている騎士の姿があった。そして騎士はまた反対側の肩に飛び移りながら、その首筋を剣で深く斬り裂いた。
――ウオオオオオオオォッ!?
巨人の魔物が苦しみながら暴れ出す。そして自分の肩にくっついたものを振り落とそうと手を振り回してきた。
それを騎士は、常人では考えられないほどの反射神経と均衡感覚で巨人の手と肩、首、そして顔を斬りつけながら飛び移る。
「王国に仇なす怪物よ、土に帰るが良いっ!」
そしてトドメとして剣を逆さに持ち直し、巨人の首筋深くそれを捻じ込む。
耳鳴りな断末魔と共にたたらを踏む巨人の魔物。やがてそれは糸が切れた人形のように地面に倒れた。
「撃てぇぇっ! 一斉射撃!!」
巨人の魔物が倒れ、その足元にいた味方が巻き込まれたにも関わらず、帝国軍の反応は迅速だった。
その大きさと重さによる衝撃で地煙を上げる巨人の死体に向けて無数の矢が放たれる。そして地煙が晴れてくると、その中から巨人の魔物を仕留めた王国の騎士が姿を現した。
「小癪な……ッ」
矢の嵐に晒され、体のあちこちに刺さった矢を意にも介さず、その騎士は前へと進み出た。
その何とも言えぬ気迫に、彼を包囲する帝国軍の間に動揺が走る。
「……リヒテに、栄光あれ――ッッ!!」
天に剣を掲げ、高らかにそう叫びながら帝国軍の群れに単身突撃する騎士。それに鼓舞され、城壁の上からも帝国軍に向けて矢が放たれる。
まだ夜は、そう簡単に終わりそうになかった。
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