第36話 毒舌お嬢様の御成り




「いい加減黙りなさい。そう言ってるのよ」

 


 やっとかよ、バカ野郎。


「あんさー、さっきからなに独り言言ってるのか知らないけど、まだこっちの話、」


「聞こえなかったかしら? 黙りなさいと言っているのだけど」


「はぁ? てか盗んで置いて黙れとか意味わかんないし」


「盗んだ? 言いがかりも甚だしいわ。なぜ私が貴方のような低俗な人間から盗らなければいけないの? もしそんな下劣な行為で愉悦を感じるような人間だと思われていたなんて、酷く腹立たしいわね。不愉快だわ」


 一瞬の静寂。そして、騒めきが広がっていく。


 美浜はさっきの止まらない毒舌で既にノックダウンしてしまったらしい。涙目浮かべて市川に縋りついている。あれだけで泣くとか、まだまだだな。

 ともあれ、だ。

 ご照覧あれ、これが久遠の本当の姿だ。


「貴方たちも、これは見せ物じゃないのよ。人が謂れのない罪で罵倒されるところを見てそんな楽しいかしら。人として卑劣な行いだと恥じなさい」


 一息に、堂々と、久遠は言い切った。


「そうよ、これが本当の私、今までのは取り繕っていい人を演じていただけよ。失望すればいいじゃない、私だって、貴方たちとの馴れ合いなんて苦痛でしかなかったわ」


 続く、続く、一度決壊した壁からは、止め処なく本音が流れ出す。


 野次馬たちが立ち去る気配はない。

 けど、困惑の空気は次第に気まずさへと変わっていく。


「ったく、遅すぎんだよ。俺の語彙力使い果たさせるつもりか、アホ」


「あの程度の煽りで語彙力が尽きるなんて、本当に本読んでいるの?」


「これでも本棚埋まるだけざっと三百冊は読んでるっての……とりあえず、俺は疲れた。こんな往来で暴言吐き続けるとか、どんな悪役だ」


 さて、俺の出番は終わりだ。

 手頃な机に腰掛けて、野次馬が騒ぎ立ててるのを遠目に楽しむとしよう。


「これが……私の本性を公衆の面前に曝け出させるのが、貴方の狙い?」


「まあ、そうだな」


「そう……」


 ありゃ? そんなに起こらないのな。


「事実に憤怒できるほど、私は自分に自惚れても、自信のある人間でもないもの」


「……そうか」


 なんか悲しい言い方だけど、とりあえず一安心だ。

 ぶっちゃけ、ぶん殴られるくらいの覚悟はしてたからな。


「これで、私の平穏な高校生活は終わりね」


「どこが平穏だ。波乱万丈もいいとこだろ」


「これで……私はまた、独りになってしまうのね」


 横目を向ける。

 久遠は泣きそうだった。顔を伏せて、怯えて、それを見せるまいと唇を噛んで。


「貴方のせいよ……貴方が、勝手にこんなことしたから…………っ」


「……」


「助けてなんて一言も言っていないのに、こんなことして…………だから、」


 ふと、久遠は隣に腰掛けて、


「責任、取りなさいよ」


 そっと俺の手に小指の先を触れさせて、そっぽを向いたまま、声をこぼした。


「え、いや無理ですけど。責任とかなにそれさすがに重すぎ」


「えっ?」


「えっ?」


 えっ?


 いや、え、なに。なんなら俺、絶縁されるつもりでさえいたんだけど。

 まあオタ活の代償払ってもらうまでは逃さないし付き纏うけど。


「てかお前、ほんっとバカだな?」


「なっ、まだ言うのかしら……!」


「そうじゃねぇよ。ほれ、お客さんだ」


 そろそろ、作戦を第二段階へ移行するとしよう。

 あとは、こいつがどうにかするだろ。


「ええと……正直、まだ理解追いついてないんだけど」


 苦笑いしながら寄ってくる市川に、久遠は唖然としてた。写真撮って見せてやりたい。


「さっきのが西園さんの本当の姿……なのかな? 色々びっくりしたけど、今までの西園さんはどこか無理してるみたいだったから、僕は見せてくれて嬉しいよ」


「いえ……別に、それは」


 もごもごと口の中だけで何か言ってるけど、正直聞こえないし、市川も同じだろう。


「それでもしよかったら、なんだけど」


「え、ええ」


「これからも、今のグループでいてくれないかな?」


「————」


 絶句とはこういうことを言うんだろう。目を見開いて、ぽかんと口を開けている。


 スマホスマホ……あ、やべ、カバンの中だ。結局間に合わなかった、無念。


 狼狽る久遠は、視線を彷徨わせていると俺と目が合い、わざとらしい咳払いを一つ。


「そ、そうね。グループ活動とか何かと効率は良くなるでしょうし、そう頼まれたのであれば、いてあげないこともないわ……ね」


「そうかい? ありがとう」


「い、いえ……どういたし、まして」


 あ、でももじもじと居心地悪そうな久遠は撮れた。


「くはっ、初々しすぎだろ。友達初心者かって」


「……」


 あ、ごめんなさい睨まないで。でもほんとじゃん。逆切れとかないわー。


「なにしてんだ、さっさと準備しろー」


 と、我らが担任兼古典担当の女の教師が入ってくる。蜘蛛の子を散らすように野次馬たちも去っていって、強制的に空気が引き戻されていった。


 俺も……と、返し忘れてた。久遠の忘れ物のボストンバッグ。

 これを返して、本当に終わり。

 と、簡単に終わらせてくれるほど、現実の神様は優しくなかった。


「おい久遠、いつまでも俺の部屋を荷物置きにしてないで——あ、」


 ぶちって音がした。チャックが飛んだ。自由を求めて窓の外に飛び出していった。


 で、


「やべっ」


 本来の作戦用に詰め込んであった、紫音と選別した特に萌え要素強めな先鋭部隊のラノベと漫画たちが床に散らばった。


 他にタイミングないだろうし、急だけど説明しよう!

 これをクラスに人が戻ってきたタイミングでわざと散らして、擬似的な久遠のオタバレによって煽ってキレさせ、本性を曝け出させるのが本来の作戦だったのだ!


 つまり、今それをやるとですね……


「サイヤクン?」


 某ハンバーガー店のスマイル並みに目が笑っていない笑顔が俺の心臓を貫いた。


 クラス内が再びざわつき始める。計画通り……ッ、じゃないですやばいです。


「これは何かしら、もちろん納得できる説明をしてくれるわよね?」


「そりゃもちろん……むしろぜひさせてください……」


「ああ、でも授業が始まってしまうわね。それじゃあ、放課後にでも、二人きりでじっくり聞かせてもらおうかしら」


「……………………はい」




 こうして久遠の抱える人間関係の問題は、


「西園さん、もしかしてああいうの好きなのかな……?」


「栄くんと付き合い始めたのって、そういう……?」




 久遠のオタク疑惑と共に幕を閉じたのだった。

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