第35話 好きなようにする。以上。

 教室前に人集りができている光景、アニメ以外で見ることになるとは思わなかった。

 自分の教室に戻ってくる人たちどころか、少しではあるけど野次馬までぞろぞろがやがや。注目される側は堪ったもんじゃないだろうな。


 なんて呑気に一歩下がって慄いている場合じゃない。

 紫音の言葉から察しようと努力するまでもなく、どうせ中にいるのは久遠だろう。

 人集りを掻い潜るのはアキバで慣れたもの。さっさと入り口近くまで出る。


 教室にいたのは全三人。案の定、久遠……と、お相手はまさかの美浜。百聞どころか一聞もしてないけど、一見しただけでわかる修羅場具合。是非とも帰らせていただきたい。

 言う必要無いと思うけど、これ、俺の作戦と全く関係ないからね? 


「ぁ……栄、くん」


 と、最前で下がろうにも下がれずおろおろしてる……そうそう田中だ、田中がいた。


「よう田中、奇遇だな。これ何事?」


「あ、えっと、なんか、美浜さんのものを西園さんが盗って隠してる……とか、なんとか。それを一方的に美浜さんが言いつけてて、西園さんは黙ってて……それで、えと……」


「いんや、もう十分。ありがとな」


「あ、うん。そういえば栄くん、よくわたしの名前知ってたね……あ、でも前に総合の時間で一緒だったっけ」


 マジで田中だったのかよ。

 モブキャラぽいからって付けたつもりだったけど、なんかすまん。


 とりあえず、状況は田中、改め、真名・田中の話した通りだ。

 まず美浜の早合点だろう。久遠がそんな幼稚なことをするわけない。けど、美浜のような気の強い人が物を失くせば、落としたより盗られたと考えてもおかしくはない。

 その矛先が最悪なことに、久遠に向けられてしまってる。


 今はまだ周囲の人間が状況を把握できていないから、空気は困惑の色が強い。けど、一方的に責め立てる美浜と、お嬢様キャラ隠して自らにデバフをかけている久遠、すぐにでも空気は上下関係を読み始めるはず。トップカーストの人間ゆえに逆らおうとしないで擁護する側に回るのは経験則で目に見えている。


 あ、忘れてたけどもう一人。市川も中にいる。さっさと解決しろよ……って、どっちも同じグループの人間だから、どちらか一方の味方につけないのか。まったくこの軟弱者が。



 さて、どうしたものか。これで俺の作戦は台無しだ。


 このまま大衆の目の下で、美浜に嫌味ふっかけられて煽られて……煽られて?


「…………はっ」


 作戦変更。大チャンスだ。


「えっ、栄く——」


 まったく、これだから人間関係は嫌なんだ。実質ほぼ対人戦と変わりない。しかもゲームと違って固定のコマンドはなし。事実上、選択肢は無限。相手の都合に振り回されるし自分の都合は通らないしと理不尽のオンパレード。


 でも、人間と関わらずには生きてけないのが人生だ。

 だから、嫌で嫌で仕方ない対人戦を、それでもしなきゃいけない時、俺がどうするか。



 俺の好きなようにする。以上。



「栄デリバリー、お荷物のお届けに参りましたー、っと」


 さっきから荷物荷物言ってたけど、久遠が家に置いていったボストンバッグのことな。まあ色々と手加えてありえない重さ&チャックギリギリ閉まらなくなってるけど。しかもそれが不要になったんだから、無駄骨もいいところだ。


「は? 何言ってんの? てかオタクなに、彼女だから庇いにきたとか、そういうのいらないんですけど。まじキモ」


 はいはいキモいキモい。オタクにとっちゃキモいは褒め言葉だ、ありがとよ。


 美浜は隠す気のないガン飛ばしてくる。久遠は謂れのない理不尽に苦しそうな表情を浮かべる中、俺を見て少し警戒してるようだった。


 ヒーローをご期待させた方には悪いけど、あいにく喧嘩中でな。味方する気はない。


「いや、だから栄デリバリー……ってのは冗談だけど、逆に自分のクラス入っただけで文句言われる理由がわからん」


 そういうマジレスが求めてないってのは理解してる。空気読めって言いたいんだろう。現に、誰も教室に入っては来てないし。


 けど、敢えて答える義理のないどころか問われてすらいない問いに答えるなんていう矛盾をするのであれば、ノーだ。

 都合とか空気とか知るか。合わせる気ないし読む気もない。

 ついでに言えば、美浜の相手をする気もない。


 俺のお目当ては久遠だけだ。さっさとやりたいことだけ済ませてしまおう。


「で、なにやってんだよお前は」


「……貴方には関係ないことよ。それにまさか、私が本当に人のものを盗むとでも?」


「さあな。現場見てないんで何も言えん」


「ちょっと、勝手に話遮らないでくんない? うちの話はまだ終わってないんだけど」


 まあそうなるわな。


「てか、西園さん前々からうちのことウザがってたでしょ。嫌な顔してたの知ってるし、さっきトイレに行ってたとき教室には西園さんしかいなかったんだから、どうせそのときやったんじゃないの?」


 女子ってなにかと一緒に行動したがるよな。昼飯とか行き帰りとかはいいにしても、なんでトイレまで同行したがるのかは理解できない。


 美浜の口ぶりからするに、久遠だけはついて行かなかったんだろう。そんなキャラじゃ無さそうだし。つまり美浜と習志野がいないうちに、ってことか。

 男子メンツがどうしていたか知らないけど、野田と東金は見ていない。市川も知ってることはなさそうだし、事が発覚した後で駆けつけたって感じだろう。


 万が一、久遠がとち狂って盗んでいないことを前提として、探して見つけりゃ万事解決。けどそんな余裕なし。じゃあどうするか。


 最初っから、俺のやることは一つ。


「ほん…………っと、バカだなお前」


「は……? なによ、いきなり」


「自覚ないとか、マジで言ってんの?」


「なっ……!」


「これ全部、お前の自業自得だってまだわかんないのか? 前に言ったはずだよな、被害被る前に状況変えろって。で、お前は無視した。違うか?」


 俺と久遠との決定的な違い。積極性の塊と、消極性の塊。

 それが俺の想像する未来にどんな変化を与えるか、これが答えだ。


 疎まれ。


 いや、きっとそれだけじゃない。絶対的な原因、必死に透明で目に見えない空気を演じていた久遠に色を付けて目立たせてしまったのは、俺だ。

 俺との偽恋人契約が、久遠をこうさせてしまった。


 ずっとグループにいた久遠は、けど俺との関係のせいで、ずっとはグループにいられなくなった。だから、時々存在する空気になってしまった。

 常にそこにあって然るべき空気が居たり消えたりすることを、不自然と呼ばずしてなんというか。そうして不自然になってしまったがゆえに、久遠に対する都合のいいやつという印象は、消極性相まって疎まれる存在になってしまった。


 まさか繋がっていたとは思っていなかったから、これに気付いたのはほんの数日前だ。


 けど、だからなんだというのか。

 偽恋人の契約だって久遠から持ちかけてきたこと、俺に非があるわけじゃないしな。


「で、さっきからずっと黙りこくってるんだっけか? さっさと盗んでねぇよ勘違いも甚だしいわふざけんなって言えばいいじゃねぇか」


「……」


 躊躇。全然足りないか。


「それともあれか、マジでお前がやっちゃったの? それならお笑いもんだ」


「……」


 苛立ち。けど弱々しい。


「じゃないならなんで否定しない。決め付けられたからか? 怖くて言い返せないか? 謂れのない罪を認めるのは嫌じゃなかったのか?」


「……」


 さらに増す、膨れ上がる。まだ足りない。


「まさか俺の二の舞になるつもりか? 失くしたのか他の美浜に恨み抱いてる奴が奪ったのか知らないけど、罪を肩代わりしてやろうとか思ってんのか?」


「……」


 もっと、もっとだ。


「本気で根っこまで腐っちまったのか? それが優しさで正しいと思ってるならお前はホンモノのバカだな。お仲間ってやつがなんなのか小学生からやり直してこい」


「っ……」


 上部だけじゃ足りない。もっと深く抉れ。


「お前がオトーサマに何言われたか忘れたしどうでもいいけど、いつまで引きずってくつもりだよ。ずるずるずるずるとみっともないったらありゃしない」


「っ……!」


 折って壊して潰せ。何もかもを、久遠が信じてるもの全部。


「高校生にもなって何が正しくて間違ってるか、そのオトーサマに言われなきゃなにもわからないってか? 自分の歩く道くらい、いい加減自分で見つけろよ」


「……………………」


 んでもって、早くしろ久遠。


「お前が俺に見せてきた姿はなんだったんだよ。あれは間違ってたのか? だったら、それに付き合ってあげてた俺は相当お優しいやつだなぁ? あ?」


「………………」


 お前はまだ腐ってないだろ。


「ンなわけねぇだろが。誰がお前みたいな性格最悪な毒舌お嬢様にお優しくなんてしてやるか」


「…………」


 こっちが本気で引っ張ってるんだから、根っこくらい自分で抜く努力しろよ。


「ウザいわめんどいわで苦労極まりないやつだったけど、今の吐き気するくらい薄汚れて気色悪いお前よか何億倍もマシだな」


「——」


 さっさと出したい自分出しやがれ。んでもって、


「……いい加減、なんとか言えよ?」


 黙って俺の布教受けやがれ。あとラノベ返せ。


「……さぃ」


「あ?」












「いい加減黙りなさい。そう言ってるのよ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る