第33話 オタクの恨みは恐ろしい


「君がそんなヘタレとは思ってなかったよ、彩也」


「は?」


 それは聞き捨てならないな。

 俺がヘタレ? はっはっはっ、ご冗談を。


 久遠は自ら現状維持を望み、救済を拒否したんだ。ならそれ以上のお節介を焼く理由が俺になければ、俺に久遠の道行きを決める権利もない。まるで俺が久遠を見捨てたみたいな言い草は是非ともやめていただきたい。


 前提条件として、久遠に助かる意思がなきゃ解決もなにもない。前に話したはずだ。

 それを紫音は知っているはずだし、状況を理解できないほどバカじゃない。


 だったら、一体何を責めたい?


「彩也の合理主義はもとより承知、君に善意で助けろとは冗談でも言わないよ。それに西園さんを哀れだとは思うけど、ボクだって助けたいとも思わない。だって呆れるくらい人付き合いが下手なんだもん」


 むしろ彩也はよく一ヶ月も関係を続けられたよ、と紫音は肩を竦めてみせる。


 忘れてたけどこいつ、天然の隠れS属性持ちだったな。


「ただ、一つ大事なことを忘れてない? 西園さんと約束したのは、二年の終わりまで恋人のフリをすること。話を聞く限り一方的に契約をなくされたみたいだけど、それがなくなったとして、特に彩也に不都合はない」


 その通りだし、むしろ見たくもないお仲間ごっこを視界に入れなくて済む分、ストレスがたまらなくて精々したまである。


「じゃあ逆に、彩也の方の約束はどうなのさ?」


「……? ————あ」


 思わず声が漏れた。目の前で紫音がしたり顔を浮かべてくる。


「そう、これは偽恋人だった君でも、西園さんと似ている過去の君でもない、キモくてキモくてしょうがない、根っからオタクの君に言ってるんだ」


「余計なの二つ付けるな」


 でもまさか、紫音に言い負かされるとはな。


「そういえば彩也、アナログゲームでもテレビゲームでも対人系嫌いだったよね」


「なんだよいきなり」


「いや、これこれ」


 言いながら、紫音はチェス盤を見せてきた。無論、俺のものじゃない。となると久遠のバッグから取り出したのか……って、なんでチェス盤なんかあるんだよ。


 もしやずっと前に見つけたトランプといい、あのお嬢様、ああいうので遊ぶつもりだったのか……? だったら、たまには可愛いとこあるじゃんか。


 けどあいにく、今の俺はお前に対して思いやりゼロだ。


「そうだったな。チェスとか将棋とか、あとオンライン対戦系は苦手だ」


 対人ゲーの基本は『相手のやりたいことをさせない』だ。楽しむためのゲームでまで、なんで相手の気持ちを考えなきゃいけないのか俺にはさっぱりわからん。


「俺は俺の好きなようにやる。相手の都合なんか知ったこっちゃない」


 だから久遠、お前もだ。

 お前の望みも、逆に望まないことも、過去も、隠したいことも度外視する。

 救ってやろうなんか思わない。これは罰で、俺の合理主義に反した八つ当たりだ。


 俺がお前のオタク化のためにどれだけ努力して苦労してきたことか。

 それをが契約破棄で全部無駄になりました? ふざけんなって話だ。

 円盤タダ見して逃げられると思うなよ。きっちり対価は払ってもらう。


 てか貸したラノベ返してもらってないし。これも理由として追加してやる。今思い出しただろとか言うなよ。事実は事実だ。


 オタクの恨みは恐ろしいってこと、思い知らせてやる。


「彩也、すごい顔になってる」


「当たり前だ。俺は相当怒ってるんだから」


「の割に、楽しそうなんだけど?」


 ま、まさか、俺は怒ってるんだぞー。た、楽しいなんてそんなわけあるかよー。


「じゃまあ、手始めにやってやるか。紫音、一年の時に久遠と同じクラスだったよな」


「よく覚えてたね。そうだよ」 


「なら、あいつも同じだろ。知ってたら——」



 ■■■



「彩也、それ本気でやるの?」


 なにを今更。当然だ。


「久遠の化けの皮を剥いで、クラスもグループも、関係全部ぶっ壊す」

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