第31話 小学校の時の道徳って授業の心理テスト感
前略、フラれました。
いや、前略もなにも、話的には一瞬前のことなんだろうけど。加えていえば、そもそも恋人いない人がどうやってフラれるんだって話だけど。
久遠と駅前で別れた日から、一週間がすぎた。あれ以来、一言も声を交わしていない。
とはいえ、なにか学校生活に変化があったわけでもなかった。
告白されたときとは違って、久遠は別れたことを話したりはしなかったらしい。無論、言わずもがなで俺から言いふらすこともないと付随しておこう。
元々、俺はクラスの隅で趣味に熱中しているやつで、久遠も知っての通り、自ら存在感を消しているようなやつで、二人とも目立たない人間だった。
だから恋人のフリをするにあたっても、日頃一緒にいたわけじゃない。むしろ無関係だったときとほぼ変わりないと言っていい。学校で二人きりになったことは一度もないし、昼食も久遠はグループのところにいて、俺はいつも一人。恋人らしいことをしたといえば、帰りに駅まで歩いたくらいだ。
初々しいにも程があるかもしれないけど、クラスの人間が俺たち二人に抱いているイメージからすれば、変にくっつくよりかは上手く演じれてたんだろうと思う。
つまり、側から見れば俺と久遠の関係は今まで通り。
二人が黙ってりゃノープロブレム。と、いくはずもない。
読書の時間です。あ、間違えました。総合の時間です。
という冗談半分は置いといて、総合の授業である。一年の時から存在するこの科目が本当に授業なのか疑問を呈したいところではあるけれど、俺としてはホームルームの延長線のようなものだと思っている。つまり実質、読書の時間。
けど、ここで一つ問題が起こった。
この総合なる授業、今回に限ってグループ授業だった。
俺が今まであのトップカーストのキラキラ軍団に所属できていたのは、偏に久遠がパイプ役を担ってくれていたからだ。今までグループで集まるときはなんやかんやで久遠が呼びにきてくれてたし、なんなら素で今も待つ気でいた。
当然、一向に迎えはこない。吹雪はさらに勢いを増していくばかり……じゃなくて。
ともかく、そういうことなんだろう。久遠は一切の俺との関係を断つつもりらしい。
けど、俺とて相手の根気が折れるのを待つような意地っ張り野郎じゃないし、いつくるのかなーチラチラ、みたいなことをするような構ってちゃんでもない。
あっちが来る気ないなら、俺からいくまでだ。
威勢よく椅子から立ち上がり、いざ行かん。敵は目の前にあり。
「悪い、ちょっと入れさせてもらっていいか」
と、俺はぼっちの寄せ集めグループに声をかけました。俺の意気地なし。
別に校外学習班って指定はないし、元々俺の居場所はここだ。一瞬自分から突るのにビビってしまったからには、諦めて堂々とここにいよう。
けど、俺ってそんな怖がられるキャラしてたっけ? 空いたスペースに椅子を引いて座るや否や、なんか他の面々が怯えた目で俺を見てくるんだけど。ってそりゃそうだ、一ヶ月ちょっとだけとはいえトップグループにいたんだもんな。ふははは我にひれ伏せ。
いや、嘘だよ? ちょっとお邪魔させてくださいなんでもはできないけど。
ちなみに今回の総合で何をやるのかと思えば、小学校の時にあった道徳の高校生版のようなものだった。
状況設定があり、それを解決するための幾つかの手段と、その結果が提示される。さて、どれが一番だと思いますか? ってな具合だ。
え、興味ないって? 俺も思った。
さらさらやる気などないし、居場所を確保してしまえばこっちのもの。運良く教卓に背を向ける位置を取れたのだ。ポケットに忍ばせていたラノベでも嗜むとしよう。
じゃあちょっとばかし、今日のお供をしてくれるラノベの紹介といこうか。
それは昔々の遥か昔、六千年以上も前の話——……
「ねぇねぇ、栄くーん」
……ちっ、邪魔が入った。
プロローグで切るとかオタク失格だぞ。掴みが悪くても一話は全部見が常識だろ。
そう潜め声で俺を呼んでくるのは、ちょうど斜め後ろに座ってた習志野だった。椅子を少し引いて、身体をぐりんと回して俺の方を見てくる。
「んだよ」
「西園さんと何かあったの?」
「なんで?」
「なんでもなにも、栄くん別の班にいるし。西園さんに聞いても曖昧な返事しかしてくれないんだよ。喧嘩でもしたの?」
喧嘩……喧嘩ね。
「まあ、そんなとこだ。こっちの問題なんだ、あんまし首突っ込むな」
姉弟喧嘩以外した記憶がない俺だけど、そんな単純な問題ならどれだけ楽なことか。
適当にあしらって、さっさと視線と意識を手元の本に落とす。その際、大変不本意ながら一瞬だけ美浜と目が合ってしまい、睨まれた。クラスカースト最上位の上から目線が容赦なく俺に降り注いでくる。ナイアガラばりの垂直落下である。
一体なにが気に食わないのかは知らないし、理解するための脳のリソースがあるならもっと有意義な活用法を探すけど、俺に対抗する意思はない。負けを認めたとか勝てないのを悟ったとか陽キャに恐れ慄いたとかそういうのでは断じてなく、オタクは常に謙虚であり穏健であり、波風立てるのを嫌う人種なのだ。
コミケ会場で喧嘩している人を見たことあるか? それが根拠だ。マジでみんなオタクになろうぜ。世界平和はすぐそこにあるよ。
とまあ、さっと逃げるように視線を戻し、心も六千年前にワープさせる。
けど、失敗した。
「あの、栄……くん」
「ん?」
話しかけてきたのは……ええと、おさげメガネの地味目な女子。名前なんだっけ。知らん。仮呼称、田中で行こう。今日からお前は田中だ。
半分だけ視線をあげると、田中はなぜか怯えながら言ってきた。だからそんな怖がるなよ……しまいにゃ俺の方が泣くぞ?
「一応、ディスカッションだし……提出もあるから、意見出してくれると……」
「ああ、悪い」
で、なんだったっけ。そうそう道徳の上位互換だ。小学生向けのお優しいやつじゃなくて、もっと生々しくリアリティに満ちた話の解決について。
本物の状況設定は説明が面倒だから代役を立てるとして……そうだな、文化祭のクラスの出し物で考えてもらえればいい。
大きく分けて選択肢は三つ。
一つ、その事に理解のある人間だけが独善的な手段で進めるA。
二つ、意見の食い違いから、幾つかの集団に別れ取り掛かるB。
三つ、有識者素人含め、全員での協力的な解決を臨んだC。
なお、失敗にデメリットはないとする。
三つのうちどれが一番良いと思うか?
色々と嫌にタイムリーなお題なこった。今すぐプリント破り捨てたい。
でも、こんなの簡単だ。
「とりあえずBはなしだろ」
中途半端は嫌われる。それは展開においてもキャラにおいても言えることだ。優柔不断な主人公を出せば叩かれるし、ツンとデレが曖昧なヒロインもまた然り。
「で、当然Cもない」
集団で物事を進めようとすれば、それだけ理解の齟齬や進行にズレが生じる。
ともすれば、お仲間友情ごっこしてた挙句、逆に上手くいきませんでした。みたいな事になりかねない。なにそれ調子のんな。
論外。思考の余地なし。俺的略式裁判によって判決は死刑。閉廷。
「消去法でAだな」
そもそもA以外、このまま進めばまず結果は出せないと断言していい。
結果主義者じゃないけど、他に選ぶものがないのだからしょうがない。
畢竟、方法も過程も結果も完璧なんて現実じゃありえない。もしそんな作り物のような選択肢があろうものなら、誰もが無条件でそれを選んでいるに違いない。
英断をして、熱烈な過程を経て、美麗な結果を迎える。そんなの二次創作の世界でのみ許された理想で、幻想だ。逆説的に言えば、美麗な結果だけなら現実でも二次元的展開があり得るということになる。ウェルカムご都合主義! 俺の元にラブコメを!
アニメのご都合主義は認められないけど、都合通りに行かないどころかこっちの都合全無視で不利益ぶっかけてくるのが現実なんだ。もうご都合主義でいいから唐突にラブなコメディ始まってくれないかな。
もし神様ってのが本当にいるなら、オタクで寡黙な後輩女子でお願いします。
呼び出しくらうと面倒なので、Aを選びつつも理由はそれっぽくアハーっとでっち上げて完了。ディスカッションとかなんとか言ってるけど、当然ながらこの班は誰も話そうとしない。授業終盤にはグループの代表が意見まとめて発表しなければならないらしいし、十中八九じゃん負け公開処刑だろう。なんなら言い出した奴が負けて後悔処刑になるまである。
別に発表するのは誰でもいいし、俺でもいい。
今度こそラノベに戻ろうと栞のページを開くけど、どうやらうちのタイムマシンは故障しているらしい。整備士ー、誰だ? 俺だ。
自分の班に興味がないからこそ、周囲の雑音が無駄に耳から入ってきてしまう。
「やっぱCっしょ。せっかく人いるんだからみんなでやって当たり前っしょ」
と、野田。
「うちも同じー。逆にA選ぶとか一番ありえないし」
と、美浜。
内気な人の悪い癖あるある。あたかも自分が言われてると勘違いしてしまうやつ。当然、美浜にとっては底辺に等しいオタクなんか気にもかけていないに決まってる。
てか、Cを選ぶやつはそもそもの優先順位が分かってない。外部の人間が関わってくる場合、優先すべきは確実にそっちだ。ミスってもいいなんて甘えだし、失敗もまた思い出だとかいう自己満したいなら周りに迷惑かけない状況でやれって話だ。
頑張ったで賞なんて、わざわざ失敗を象徴するようなものだ。失敗したことをそれでもなお肯定的に捉えようとした、悪あがきの裏返しに過ぎない。
あー、まじで胸糞悪い。企画者出てこい炙り殺すぞ。
「西園さんはどう思う?」
そう言ったのは市川だった。さすが、気配りのできるやつなのな。
「私は……C、かしら」
「へぇ、意外。なんで?」
「ええと……」
美浜が訊くのに、久遠は逡巡してみせる。すぐ言葉が出てこないのは、周囲と答えを合わせようとしたからだろう。
「美浜さんのと同じ、かしら」
首を回すフリをして、一瞬だけ視線を後ろのグループに向ける。
美浜が久遠のそれを快く思っていないのは、一目でわかった。
「西園さんさぁ、いつもそればっかだよね」
過度な同調は、却って興味の欠落とも捉えられる。過去のトラウマで自己主張ができないで必死に合わせているとは知らない他人からすれば、反感を買うことにさえ。
「それは……別に、ただそう思っただけで」
「ま、どうでもいいけど。ていうかさ野田さ——」
凄まじい興味喪失のスピード。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
今のもまたオタク弄りの類で、思ったから言ってみた〜的なものだろう。今頃、本人はなに言ったか忘れてるまである。甘いものとか塩辛いもの取りすぎると認知症なりやすいって言うから気をつけろよ。
……と、なぜ俺はあいつらの観察をしているのか。
久遠はいつもどおり空気を演じているし、俺がいてもいなくてもそれは変わらない。
俺と久遠の間に漂う不穏な空気には誰も触れようとしてこない。もしこのまま離れ続ければ、喧嘩してそのまま自然消滅した、って空気が無意識下にも勝手に流れ始めるだろう。
それで表面的にも内面的にも、俺と久遠の関係は本当に終わり。
なるほど。
「…………はっ」
悪くない終幕じゃねぇか。バカやろう。
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