第30話 伏線回収は別れとともに

「今度こそ、めでたしめでたし。今の俺が出来上がったわけだ……と、伏線回収はちゃんとやっとかないとな。張っといて特に関係ないとか、駄作になっちまう」


「伏線?」


「話す前のオタク云々のくだり。俺が学校休んでる間に、紫音が暇だったらってDVD持ってきてくれたんだ。あいつ、小学生の時からアニメ大好きだったみたいで、そんときから俺も染まり出したんだ」


「後者……悲観的理由っていうのは、このことだったのね」


「ザッツラーイ」


 そういや前に、久遠を人間関係に不器用だって言ったことがあったっけ。

 特大ブーメランもいいところだ。俺も同じくらい不器用だってのに。無意識のうちに自分の地雷踏み抜いてるとか、アホらしい。


「これで俺の話は終わり。次はお前の話だ」


「私の……?」


「ああ、こう言うと自分でも鳥肌立ちそうなくらいキモいけど、今のお前は昔の俺と似ている。このまま同調してお優しいやつ演じてると、いつか自滅するぞ」


 さすがに小学生と高校生。何よりの違いは、俺の場合は積極性ゆえに、久遠は極端な消極性ゆえにその状況に陥っているということだ。まったく同じ二の舞にはならなくても、悪いことが起こるのはほぼ確定事項と言っていい。


「もっと自己主張するでも、お前にその気があるならグループを抜けるでもいい。都合のいいやつになって被害被る前に、お前自身がどうにか状況を変えろ」


「どうにかって……別に、今まで悪いことなんて起きたことないわよ」


「これから起こるんだよ! ていうか校外学習の時になりかけてただろ」


 久遠の声が聞こえないはずないのに聞こえなかったのは、都合のいいやつって思われていたからだ。不要な時は無意識に空気みたいな扱いをされていたからだ。


 荷物渡された時だってそうだ。迷惑かけてもなんら気にされない。だってなに頼んでも文句言われないと思われているからだ。


 認識できても意識されない。

 意識されない空気のままならまだいい。けど、それが都合よく変えられてしまえる空気になってしまったときには。


「ここまで全部話したんだ! 頼むから昔の俺みたいに——」


「嫌よ」


 頭に上っていた血が、すーっと抜けていくような気がした。


「これでも私は、あのグループが好きなの。抜けるなんて嫌よ」


「だったら最初の、」


「貴方には! ……分からないわよ。過去の貴方と今の私は、たしかに似ているかもしれない。けど、順番が逆なのよ。どこまでも似ていて、それでも真逆なの。私の気持ちを全て見知ったように思われるなんて、酷く腹立たしいわ」


 言葉が詰まる。息が詰まる。苦しさを紛らわすように唇を噛んだ。


「ねぇ、貴方が私を助けようとするのはなぜ? 誰のため?」


 ……それは。


「当然、俺のためだ。昔に救えなかった幼稚な自分をお前に重ねて、お前を助けることで救われた気になろうってだけだ」


 無償で人助けなんてヒーロー気質、今の俺にはもうない。


 たしかにこれは自己満足だ。けど、俺が唯一許せる自己満足だ。

 他の誰でもない、自分を救うことで得らてる自己満足だけは俺の意思に反しない。


「そう、ならよかった。私のためと言われたら、断るに断れなかったから」


 本当に、よかったわ、と。

 久遠がこぼした言葉は、けれど地面に落ちることなく風がさらっていったように思えた。


 重く項垂れてしまった顔を起こせば、いつぞやの駅前の通りについていた。


 あのときの信号。けど、青だ。

 自転車通学者にとって赤信号は天敵。混み具合関係なくギリギリの時間に登校できるからこそ、一つの赤信号の待ち時間さえ致命的なのだ。


 いつもだったら嬉しいはずの淡い青の光が、今は早く消えて欲しかった。


 なぜか分からないその焦りは、なるほど、すぐ隣に答えがあった。


「悪いけど、今日は帰るわ」


「なっ、ちょっと待て。荷物が家に、」


「貴重品は持ってきているから心配しないで。貴方の家に置いているのも中身は服だけだから、いつか相川にでも取りに来させるわ」


「でも、こんな時間じゃ迎えを呼ぶにも時間かかるだろ」


「電車くらい乗れるわよ。バカにしないでちょうだい」


 一歩横断歩道に踏み出し、けど、すぐに久遠は足を止めた。


「これだと、私が契約を破ったことになるのよね。それに関しては申し訳なく思ってる」


「……」


「だからもう、貴方も契約を守らなくていいわ」


「は——?」


「偽恋人は今日で終わり。これ以上貴方に迷惑はかけられないし、貴方も大嫌いな人間関係に関わらなくて済む」


「いや……は?」


「短かったけど、今まで色々と助かったわ。それじゃあ、おやすみなさい」


「待て久遠! 勝手に決めんな!」


 青信号が点滅し始めた。けど、遅すぎる。


「おい、久遠!」


 駅から流れ出てくる会社員に逆らって歩く久遠の姿は、とても目立って見えた。

 いつまでも視界から消えなくて、簡単に目で終えてしまって、なのに声は届かない。


 通りを抜け、ガラス張りのエスカレーターを上がり、ギリギリここからでも見える改札を抜ける時まで、久遠は俺の方を振り返らなかった。

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