第29話 語彙力ある=話すの上手い、とは限らない。
「俺はずっと、周りから都合のいいやつだと思われてただけなんだからな」
なんでも手伝ってくれる都合のいいやつと思われて、利用されてただけ。
たしかに俺はみんなに優しくして、助け合い精神を持っていた。
けど、じゃあ周りのみんなはどうだ? 俺に優しかったか? 俺は助けられてたか?
そんなことはなかった。俺が一方的に優しくして、助けてただけだった。
俺が友達だと思って助けていた人間は、誰も俺を友達だと思っていなかった。
「けど、どうしようもなく馬鹿で単純だった俺は、それにずっと気付けなかった。頼られる嬉しさに溺れて、自己満足に眩んでいた。ほんと、嗤えるだろ」
今思えば、どんな一幕でも気付ける機会があった。
感謝の言葉なんて薄っぺらい上っ面だけのものだった。
人間、愚かしくも優しさにさえ慣れてしまえば特別感情を抱くこともなくなって、助けられても感謝しないやつだっていた。
いつでも手伝ってくれる都合のいい人間としか思われてなくて、俺の名前を知らないやつにさえ利用されたこともあった。
極め付けには手伝ってと言いながら、全部俺に押し付けて遊んでいたやつもいた。
他にも、他にも、他にも。
本当に、自分の愚かさを強調しているようで嫌になる。
「けど、それでは貴方自身は気づけてないじゃない」
「ああ……そうだったな」
全部理解している今だからこそ気付ける点はあっても、過去の俺はそんな敏感じゃなかった。
オタク同士で話す時って、なんとなくのニュアンスとかフィーリングでも通じることが多いから、順序立てて話すのはどうにも苦手だ。
そう考えると、さっきの話も欠陥だらけだな。
まあいい。で、俺が都合よく利用されてたことに気づいたキッカケだったな。
「小五のときだ。教室でボールぶん投げてるバカどもがいてな。てか蹴ってたな」
はい、予定調和タイム。
「勢いよくボールを蹴り上げて、蛍光灯、バリバリに割ったんだよ」
昼休みだったけど雨でほとんどが教室にいたから、クラスは騒然。担任は教室にいなくて、代わりに隣のクラスの教師がすぐ駆けつけてきた。
まずは危ないから離れるように伝えて、幸い怪我人はいなかった。
備え付けのほうきとちりとりで片付けたあと、当然犯人探しが始まった。犯人探しと言ったら悪く聞こえるかもしれないけど、教育上、注意は必要だからな。
無論、誰も素直には名乗り出ない。やったやつはクラスの餓鬼大将で、体格もいいやつだったから、大人数が見ていたにもかかわらず誰も教えない。
誰も言わないから、教師もふつふつと怒りを募らせていった。
そんなときだ。クラスの誰かさんが、
「『栄くんがやりました』、ってな」
「な——ッ! バカじゃないの!?」
「ああバカだ。大バカだ。でも話したろ、俺はクラスじゃ都合のいいやつだったんだよ」
濡れ衣を着させて、犯人に仕立て上げるにも、な。
「誰だったかは忘れた……っていうか、突き出されたこと自体に動揺して、誰の声だったかほぼ聞き取れなかった。たしか女子だった気もするけど、今はどうでもいい」
クラスのみんながみんな俺をそう認識していたみたいだから、あっという間に俺が犯人だっていう空気が出来上がる。教師もそれを感じ取って、俺に聞いてきた。
『本当に栄がやったのか?』
で、俺はこう答えた。
「はい、そうです。って」
「ちょ……っ、待ちなさい! なんで認めてしまうのよ」
「それが優しさだと本気で思っていたからだ。拒否して真犯人をあぶり出す空気を作るより、嘘でも認めることでみんなを助けられると本気で信じていたからだ」
「そんな……バカじゃないの…………」
「ああ、バカだ。大バカだ。俺を犯人に突き出した女子の百倍バカだ」
久遠に言われなくたって、俺が一番分かってる。
てか、そんな悲しい顔すんなよ。お前が悪いわけでも傷付く必要もないんだから。
そのあとは担任に引き渡されて、放課後親を呼んで話すことになった。茫然としすぎて午後の授業なんか全く話が入ってこなかったし、なんなら教師と親と俺との三人で話してる時でさえそうだった。
ほぼ放任主義みたいな親だったから、幸いそう強く怒られることはなかった。所詮は子供の過ちだし、次は気をつけなさいね、ってくらいに言われて終わった。
ああ、でも一つ驚いたよな。小学校にも反省文ってのがあるんだから。あんなのアニメで高校生が書かされてるところしか見たことないから、後になってびっくりしたよ。
「で、あとは後日談みたいなもんだけど……書けなかったんだよ、反省文」
「それは、当然でしょう。犯していない罪に、反省もなにもないのだから」
「でもそんときの俺はなんで書けないのかわからなかった。まったく筆が進まなくて、頭がぼんやりして、本当になにもわからなくなった」
今までの自分がなにをしてきたのか、なんであんなことしてきたのか全部。
そのせいで数日間、学校に行くことさえままならなかった。
一日が過ぎて、二日が過ぎて、土日を挟んで、それでも漠然と行く気が起きなくて。
何日かぼぅっとしていたら、さすがに心配になったのか、姉貴が様子を見にきた。
そこで、あったことを姉貴に話したんだ。
「そしたら、姉貴が全部教えてくれた。俺がなにをしてきて、なんでこうなったのか。俺が形にできなかった感情を、言葉にして教えてくれた」
さすがは中学三年。人間関係には聡いし敏感だ。
「それは良かった、と言っていいのかしら。優しいお姉さんね」
「ああ、今じゃとんだダメ人間だけど、あの時は本気で姉貴に救われたって思ってる」
ただ、よかっただけで、救われただけで終われる問題じゃなかった。厳しい現実の一幕で終われないほど、俺の奥深くまで根を張っていた。
「なんていうかな……姉貴の話を聞いて、俺っていう人間がいなくなった気がした。優しくて頼られることが俺の人間性の全てだったから、それが愚かしい行為だったって思い知らされて、じゃあ自分になにがあるんだろう……ってな」
ほんと、あの頃が懐かしい。
今じゃ笑って話せてるけど、本当になにも考えられない放心状態がしばらく続いた。たぶん、虚無感ってああいうことを言うんだなって知った瞬間だ。
一応言っておくけど、別に自分を利用してきたやつらを恨んでたわけじゃない。
あったのはただひたすらの自己嫌悪。こんなことにさえ気付けなかった自分の鈍感さと自惚れを、暇さえあれば恨んで憎んで、浪費してしまった五年間を後悔し続けた。
「結局、反省文は書けなかった。書くことがあったとしたら自分の愚かさで、けど蛍光灯を割ったことに関して書かなきゃいけない反省文だったから、一文字も書けなかった。そのまましばらくの間は学校にも行かなくなって……そんで、考えたんだよ」
自分のなにがいけなかったのか。これからどうすればいいのか。
それで、小学生の小さな脳と数えるくらいしかない人間関係から、こう考えた。
「精神的な繋がりだけで出来た友達って関係を作らないでいよう、ってな」
そうすれば都合よく利用されることはない。脳味噌振り絞った割には単純な考えだ。
嫌なやつだって思われてもいい、協調性がないって思われてもいい。
だからもう、軽いやつって、都合のいいやつって侮られるのだけは嫌だった。
なにがあってかは忘れたけど、そのことを姉貴に話したんだ。
——うれしいからってだれかを助けたりしないし、お願いされても助けない。
——お互い様が約束されてない心だけのカンケイなんか、ぜったいに作らない。
——ちゃんとぼくにも良いことがあるなら、その時は助けるよ。
——だから、気持ちだけで信じて裏切られるのだけは、もう嫌だ。
あの時は全然読書をする方じゃなかったからな。うまく言い表す言葉が見つからなくて、それだけのことを一時間以上かけて話した思い出がある。
姉貴はなんて言ってくれたんだっけな……ああ、そうだ。
——好きにしなさい。あんたの人生、あんたの好きなようにすればいい。
——たとえ上手な生き方じゃなくても、自分で見つけて選んだなら、それでいいのよ。
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