第27話 ほのぼの回だと思った? 残念シリアス回です。

 アニメ視聴なんたら。前回から約一ヶ月の間を空けて二日目が行われた。

 姉貴はもう帰ってるから安心してくれたまえ。いたら絶対呼んでない。


 今はもう夕方過ぎで、前回同様二クールぶっ飛ばした後である。


 疲弊し切ってベッドに伸びている久遠を横に、氷を入れ直したお茶で一服。あー、平和って最高。アニメの世界行けるとしても戦闘系は遠慮したい。一話で現れた強敵に吹っ飛ばされるモブAになれる自信しかない。


 感想戦も今し方行いはしたものの、なにを問いかけようも、なにを熱く語ろうもうんとかすんとか全肯定の二つ返事しか飛んでこなかったので割愛。

 やはり二クールは厳しいところがあったか……次は一クールで探すとしよう。二回続けてカッコいい系だったし、次は萌え系で攻めてみるのもありだな。


「そういや、前に貸したラノベ、自分で続き買ってたよな。そんな面白かったか?」


「前にも言ったでしょう、あれはあくまで著者に対する敬意で買っただけよ。……でも、そうね。あれはたしか、ミリタリー? というのかしら。正直、一般教養として歴史上の戦争の知識はあるけれど、銃火器の類はあまり詳しくないわ」


「な、なるほど」


 暗い話が好きそうだったから進めたけど、知識なしには難しかったか……


「それでも、あの小説は十分に感動させられたわ」


 なん、だと……ッ!


「人種差別、迫害、かけらもない命の尊厳。ライトノベルは中身のない軽い文体のものと思っていたけれど、とても読み応えのある小説だったわ」


 お、おう。それはよかった。着眼点が怖いけど、気に入ってくれて俺は嬉しいぞ。


「特に一巻の序盤、いきなり仲間が殺されるとは予想外だったわね」


「そこはわかりみが深い。もうほんと、あの先生は文章も内容も良い意味で重すぎるんだよ! どこがライトノベルなんだか。命がライトなノベルって言われてるほどだからな!」


「言い得て妙ね。現実、命に尊厳を与えられない人間は大勢いるもの。命に対する価値観のリアリティでいえば、私が見てきた中では一番ね」


 分かってくれるのか! 別にそういう意味で言ったわけじゃないけどな!


「久遠、お前ってやつは……!」


「だっ、だから勝手に手を握るのはやめてちょうだい!」


 おお、悪い。嬉しすぎてつい。

 やはり俺のオタクの目に狂いはなかった。あれだけ闇が深そうな久遠が、どろっどろなまでの人間性が織り込まれた作品にハマらないはずがない。


「あとがきに書いてあった気がするのだけど、たしか第二次世界大戦の裏話が所々でモチーフになっているのよね」


「なんかそんなことも書いてあったな。最近は別の読んでるからよく覚えてないけど」


「それで、個人的に色々調べてみたのよ。あの二つの国の関係、元は——」


 略。


「——ということらしいの」


「お、おう……そうなんだ」


 日本史世界史はまだ苦手ではない分野に入るけど、途中から全く分からんかった。もはや、この作品に関しちゃ久遠の方が詳しいまである。興味を持ってくれた嬉しさもあるけど、俺も一ファンとして、上には上がいると痛感せざるを得ない。


 地頭がいいやつがオタクになるとこうなるのかもしれない……恐るべし。


 さて、そろそろ飯にでも……あ、


「買い出し行ってなかった……」


 昨日、今日見た作品の円盤発掘してたら、力尽きて寝てしまったんだった。


「悪い久遠、ちょっと買い物行ってくるわ」


「今から? 急ね」


「じゃないと今日の夕飯が消える。駅前のスーパーだから、まあ一時間くらい適当にくつろいでてくれ」


 リュックに財布と、携帯あればいいか。あとはチャリの鍵……


「彩也くん」


「なんだ? 見たいもんがあったらラノベでも漫画でもアニメでも好きにしてくれ」


「いえ、もしよかったら、一緒について行ってもいいかしら」

 家を出ると完全に日が落ちていた。ちょうど帰宅ラッシュの時間だし、きっと駅前はスーツ姿の会社員で溢れかえっていることだろう。


 人混みを避ける意味でも、大通りは避け、人通りの少ない住宅街を歩いて抜けていく。


「それで、なんでわざわざ付いてなんか来たんだ?」


 家で一人は寂しいから、暇だから、買い物に行ってみたかったから、もしくは俺と出かけたかったから。ないないあり得ない。久遠がそんなことをするやつじゃないのは十分知っている。


「……気づいていたの?」

 

 それにあの日、カフェであれだけあからさまに動揺するところを見せたんだ。

 遅かれ早かれ、いつか聞いてくるとは確信してた。


「まぁ、半分勘だけど」


「そう……なら、聞いてもいいかしら」


 そう聞かれても、答えなかった。いや、答えられなかった。


 ここで肯定する以外の返答はなくて、けど肯定しようものなら、まるで自分が聞いて欲しがっているように思われるかもしれない。


 別に聞いてほしいんじゃない。

 ただ、久遠に隠したままことを進めるのがなんとなく嫌だっただけで。

 無言の肯定。なんて便利な暗黙の了解なことか。


「最初は、単に人付き合いが苦手なだけかと思っていたわ。同じクラスになってからいつも一人だったし。けど、苦手なのではなくて、嫌悪しているのよね」


「まぁ、その通りだな。俺はああいう、馴れ合いみたいなのが嫌いだ」


「市川くんとの話を聞いて、それはなんとなく察したわ。他にも、妙に私の理解が早かったのも、少し違和感だった。会ってまだ一ヶ月と少しだというのに」


「……」


「それで、最後は高津くんの話。まだ確信とまではいかないけど……彩也くん、貴方は昔、今の私と同じような状況に身をおいていたんじゃないの?」


「……」


 まったく、察しのいいやつは嫌いだ。

 そこまで気づかれてちゃ、もう隠すに隠せない。

 話すって決めていたのに、怖気ついている自分がいるってのを自覚させられる。


「よかったら、話してくれないかしら。貴方が、そこまで私にしてくれる理由」


「…………まあ、最初からそのつもりだ」


 けど、なんだろうな。感傷に浸っている自分に嫌気が差す。


 オタクはいつだって、自分のことは語らない。

 語るのはいつだってアニメのことで、ラノベのことで、推しのことで、二次元のことで。どこにも関係ない自分自身のことなんて語らない。

 下らないプライドだ。誇りだ。でも今の俺からオタクであることを除いてしまったら、嫌で嫌で仕方がない過去しか残らなくなってしまう。


 だから、今日の俺は、オタク失格だ。


「いいか久遠、世界には二種類のオタクがいる。楽観的理由からオタクになったやつと、悲観的理由からオタクになったやつ。俺は後者だった」


「いきなりなによ?」


 まあ、スーパーまでの暇つぶしがてら聞いてくれよ。


 後にも先にも、この話は今日限りだ。

 どこまでも似ていて、どこまでも真逆にいるお前にしかどうせ話さないんだから。


「小学生の頃の俺は、どうしようもないお仲間大好きなやつだった」

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