第26話 俺のベッドは二度盗られる

 あの後というもの、飯食ったり、酒飲んだり、酒飲まされそうになったり、酔っ払いの愚痴聞かせられたり弟を愛でるという名目で弄られたり。主にというか十割方俺が被害を受けながら時間は経って、夜の四時を迎えていた。

 もはや世間一般に言わせれば朝方と言ってもいい時間帯。徹夜なんか日常茶飯の俺が夜と称するのは理解されよう。けど、この不肖姉もまた昼夜感覚の狂った人間である。


 むしろ、此の姉にして此の弟ありというべきか。


 この愚姉、重度なゲームオタクである。


 好きなゲームはソ◯ルシリーズとブ◯ボ。死にゲー大好き&フ◯ム信者と、かーなりとち狂ってるとしか思えない殊勝なゲーマー。当人曰く、その実力はRTA走者としてランキングに載るほどらしい。俺はストーリーゲーしかやらないから、すごいのかはさっぱり。


 ほんと、俺の周りは変人しか集まらないらしい。


 明日も学校だというのに遅くまで起きていたのは、偏に姉のゲームに付き合わされていたからだ。なんせ俺の部屋には、姉の引っ越した部屋に置き場所がなく取り残されたゲーム機本体とカセットがある。この人、ゲームしたくて帰ってきたんじゃないだろうな?


 姉が酔い潰れたと同時にクリアするまで寝れない縛り(未完遂)から解放され、少し前に部屋の明かりを落としたばかりだ。


「さっすが彩也、昔からゲームは下手ねー」


「うっせ、ゴッ◯イーターとボタン配置が違くてやりづらいだけだ」


「はいはい、今度来る時までに練習しときなさいね」


 やなこった。姉貴のせいで大事な今日のリアタイ逃したってのに。


「……なあ姉貴」


「んー?」


「姉貴って友達いるのか?」


「失礼ね、これでも社交性は高い方よ。うりゃっ」


「痛っ、人を足蹴にすな。それって何人?」


「そうね、二人?」


 少ねぇ。


「まさか、少ないって思った? 今時の高校生って小学生みたいに友達の多さでマウント取ってるの?」


「だったら平和だろうな」 


 あいにく、ギスギストゲトゲと殺伐な空気で行きたくないくらいだ。


「たくさんの友達がいる人には、真に友達と呼べる人は一人もいないって言うでしょ」


「アリストテレスかよ」


「さすが、中学の時に哲学書読んでただけある」


「やめてくれ黒歴史だ」


 あと正しくは、「数多の友を持つ者は、一人の友も持たない」だ。


「社交性って、別に友達付き合いのことじゃないでしょ。あれは表面で上手く付き合えてるっぽく振る舞うだけのことで、友達とは呼べないのよ」


「姉貴に諭される日が来るとは思ってなか……って、だから蹴るな」


「だから、友達は少なくていいの。それだけ一人に時間かけられるんだから。あんたこそよく分かってることでしょ」


 たしかに、姉貴の言う通りだった。

 上っ面だけの付き合いをたくさん持つことの非合理性と、特定の少人数とだけ関係を持つことの効率性と有意義さ。どちらも経験し、理解はしているつもりだ。

 けど、知ったつもりでいるのと他人から言い聞かされるのとでは、理解の深さも、解釈の違いさえも違うように感じられる。


「でも姉貴、中途半端に付き合い持ったら、切るに切れないもんだろ」


「そりゃもう、自然消滅を待つしかないっしょ。クラス替えとか卒業とか」


 まあ大学生は自然と固定的な付き合いになるけどね、と姉貴。


 クラス替え。自然消滅。二年になったばかりの今じゃ望むべくもない。


「クラス替えしたばかりの時にそうしたいと思ったら、どうするべきだ?」


「なに? あんたまた面倒なことに巻き込まれてんの?」


「俺じゃねぇ。……ただアニメで似た状況があったから、どうなんだって思っただけ」


 嘘だけど。


「ふぅん……ま、喧嘩別れするしかないんじゃない? 少なくとも、平和的にバイバイってのは無理よね」


「……そ」


 久遠の現状を変えるには、少なくとも平和的にはいかないってことか。

 久遠から自主的に荒事を起こしてもらうのはまず無理。だからといって、俺が外側から何か仕掛けられるとはとても思わない。


 やっぱこのまま、自分で気づくまで待つしかないのか……?


「ねぇ彩也、久遠って誰?」


「は?」


 ベッドから顔だけ覗かせて、見下ろしながら姉貴が言ってくる。


「いや、さっきからぽそぽそと呟いてるから」


 あ、やべ。声に出てました?


「……紫音と聞き間違えたんだろ」


「ああ、紫音ちゃん。久々に聞いたけど元気してる?」


「順調に性癖が捻じ曲がってきてる」


「貰い手なかったら私が養ってあげるって言っといて」


「マジにするから言わないでおく」 


「で、久遠って誰?」


 流れ捻じ曲げてきやがった。これが無限ループか(違う)。


「誰でもない。俺は明日学校なんだから寝させてくれ」


「彼女できたら紹介しなよ。いつか私の妹になるんだから」


「生まれ変わっても姉弟だったらワンチャンな」


「それもうほぼゼロじゃん……」


「そういう意味で言ったんだよ。おやすみ」


「おやすみー……あ、彩也」


「なんだよ」


「好きにしなさい」


「……おう」

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